ニュース

近鉄の新型車両8A系に乗ってきた。部分的ロング/クロス転換、扉そばの腰掛け“やさしば”ほか新機軸が盛りだくさん!

2024年9月30日 実施

大阪上本町駅で。ひと目で「新しい車両だ」と分かるが、同時に「でも、やっぱり近鉄電車らしい」と思えるデザインに仕上げられた

 近鉄(近畿日本鉄道)は9月30日、新型一般車両・8A系の関係者向け試乗会を実施した。その模様と、8A系の概要についてレポートする。ちなみに、「8」は所属する線区(奈良線・京都線・橿原線)を、「A」は車両のグループ分けを意味している。

大阪上本町~東花園を1往復

 試乗会は大阪上本町から奈良線の東花園駅までを往復する形で、2時間ほどかけて行なわれた。営業運行は10月7日から始まっていが、その際の運行路線は奈良線・京都線・橿原線・天理線。そのうち奈良線が試乗会の舞台となった。

大阪上本町駅を出たところで、大阪線から奈良線に転線する
近鉄奈良線のハイライトは、生駒トンネルに向けて一気に高度を上げて、大阪の街並みが眼下に広がるところ

新しい近鉄電車の価値創造

 8A系は、単に老朽化した車両を置き換えるだけの存在ではない。近鉄電車の魅力と価値を高めることで、より多くの方に近鉄沿線に住んで、電車を利用してもらいたい。そういう使命が課せられている。

 そこで車両というハードウェアにできることは何か。そこで考えられたのが、さまざまな旅客が有する、さまざまなニーズに対応できること。

 例えばシート配置。8A系の車内は、近鉄がかねて多用している、ロングシートとクロスシートの切り替えが可能な「L/Cシート」を配している。

 最近では首都圏でも、朝夕に有料着席列車を運転するために、このタイプのシートを設置した車両を導入する事例が増えている。しかし近鉄の場合、有料特急は別にあるから、あくまでL/Cシートは「多様なニーズに対応するためのもの」だ。

 従来のL/Cシートは、全体を一括してロングシート、あるいはクロスシートにする仕組みだった。しかし8A系は車内を複数のブロックに分けて、個別にロング/クロスの切り替えができる新機軸が取り入れられた。「ちょっと混みそうだから、半分だけロングに」なんていうこともできる。そして実際、営業運転では車両の中央部だけをクロスシートにした事例がある。

中間だけロングシートにした状態
すべてロングシートにした状態
全体をクロスシートにした状態(8月の鉄道誌向け撮影会で撮影)
シートの背面には、小物を掛けられるフックがある
立ち上がったときに頭をぶつけてケガすることがないように、荷棚の下面に緩衝材を取り付けている

 おもしろいのは側面の行先表示器。表示内容を柔軟に切り替えられるLEDの利点を活かして、一般的な日本語と英語に加えて「ひらがな」の表示が加わっている。漢字を覚える前の小さなお子さんでも読みやすい。

これは日本語の種別・行先表示(8月撮影。以下の2枚も同様)
これがひらがなの種別・行先表示。初めて見たときには少しびっくりした
これが英語の種別・行先表示

 そして8A系の新機軸として、すでに広く伝えられているのが「やさしば」である。車端部の優先席や車椅子スペースとは別に、1両につき2か所を設けた。具体的な想定利用者として「ベビーカーを押している親子連れ」や「大きなスーツケースを持った旅行者」が挙げられている。

 ベビーカーにしろスーツケースにしろ、車内ではそれなりに場所をとる。通常のロングシート車やクロスシート車に持ち込むには気を使うところだ。そこで、扉の脇に広いスペースを確保した。それを編成の一部ではなく全車に均等配置することで、ホームや車内で大きく移動しなくても利用できるように配慮している。

 そして「やさしば」は、コーナー型の腰掛にすることで、柔軟な使い方ができるように工夫した。実際に試してみると、進行方向に向かって並行に座ることも、直角に座ることも、あるいは斜めに座ることもできる。また、スーツケースが勝手に動き出さないようにするストッパーも設置している。

 ただ、従来にない種類の設備だから、利用者がこれをどう使いこなしていくかは、今後の状況を見る必要があろう。利用者が育てていく設備といえるかもしれない。

これが「やさしば」。各車の2番目と3番目の側扉の脇に設けている
コーナー部にあるのがストッパー。ここにキャスターをはめ込んでおけば動かない
「やさしば」がある扉の車外には、それを示すピクトグラムがある
「やさしば」の足元だけ、床が芝生のような柄になっている。「優しい場所」からの「やさしば」だが、「優し場」と「芝生」を掛けた表現でもあるとのこと

 このほか、近鉄の鉄道線向け車両では初めて、押しボタンで側扉の開閉を行なえる仕掛けが付いた(鋼索線では前例がある)。これは、停車時間が長いときに車内温度を適切に保つためのものだ。

側扉開閉用の押しボタンは、鉄道線では初めて。外側は開扉だけだが車内側は開閉とも可能
側扉の窓ガラスはUVカットガラスが使われている

日常のなかにも華やかさを

 一般車は特急車や観光列車と違って、毎日の生活のなかで利用する「普段の足」である。だから内外装のデザインでは、奇をてらわず、毎日のように乗っても飽きがこないよう工夫を凝らした。

「日常の華やかさ」を掲げて、「万葉集」をキーワードとした内装デザインの担当は、イチバンセンの川西康之氏。川西氏は、近鉄橿原線沿線の奈良県川西町出身でもある。

川西康之氏の地元、奈良県川西町の代表駅である結崎駅を通過する8A系
機器配置の都合などから、妻面に窓は設けられていない。そこで化粧板の模様や色彩に工夫をして、明るさが損なわれないように工夫がなされた
床の模様は日本庭園を思わせるものがある
大型の袖仕切りは、端部に座っている人と扉の脇に立っている人の干渉を防ぐアイテム。車内が狭苦しく見えないように、袖仕切と手すりの形状が工夫された。座った状態から立ち上がるときにも掴みやすい
吊手は「咄嗟に掴みやすいように」との考えから、形状や向きが決められた
側扉は床面から斜めに落として、ホームとの段差を縮めている

 外装は、「柔らかく、愛嬌のあるデザイン」を追求するとともに、ひと目で「近鉄の電車だ」と分かる赤と白の塗り分けを引き継いだ。ただし色調は異なり、従来と比べて、赤は深みのある、白は明るい色調に変わった。また、先頭部の形状はエッジが立った「尖った」ものではなく、柔らかさを大事にする形で仕上げている。

先頭部はまっ平らな切妻ではなく、曲面として柔らかさを出している(8月撮影)
2編成を併結することもあるので、先頭部には転落防止柵を設けた。JR西日本の車両で使われているのと同じタイプだ
両先頭部の側面では「白」の部分が立ち上がり、そこに近鉄のロゴが入れられた(8月撮影)

おわりに

 前述したように、8A系はまず2024年度分として、奈良線・京都線・橿原線・天理線に4両編成12本が投入される。次の2025年度からは大阪線、名古屋線、南大阪線にも同系列の車両が導入される。

 この8A系が構想され、実車が生み出されるまでの過程を追うとともに、開発に携わった関係者の生の声をまとめた「私鉄車両ディテールガイド 近鉄8A系」が、9月24日にイカロス出版から発売された。こちらも手に取ってみていただければ幸いだ。