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「黒部宇奈月キャニオンルート」、秘境での電源開発の厳しさを体感

2023年10月12日 取材

上部専用軌道で乗車する蓄電池機関車

 立山黒部アルペンルートは、富山県立山町と長野県大町市を結ぶ世界有数の山岳観光ルートとして知られている。見どころとなるのは、標高3000m級の北アルプスの山々が織りなす雄大な自然と、世紀の大事業といわれる7年の歳月を費やし過酷な工事の末に完成した巨大な人工建造物の黒部ダムとなる。

 黒部ダムにアクセスするには、このアルペンルートを使って立山町側か大町市側から乗り物を乗り継いで行く必要があるが、2024年6月30日に第3の観光ルートとなる「黒部宇奈月キャニオンルート」が一般開放されることになっている。

 元々は黒部ダムの下流にある黒部川第三発電所および黒部川第四発電所の建設に伴って作られた工事用ルートで、その一部は黒部峡谷鉄道として宇奈月駅欅平駅がすでに観光ルート化されているが、キャニオンルートはこれまで一般には開放されていなかった欅平駅~黒部ダム間を新たに観光ルートして商品化したものとなる。

黒部宇奈月キャニオンルート

 これまでにも小規模な見学会は開催されていたが、一般向けに広く売り出されることになる。旅行商品としては、前泊または後泊がセットになった1泊2日の4種のコースが販売され、それぞれ専門のガイドが同行し、電源開発の軌跡を学び、体感できるようになっている。

 今回は、宇奈月発・黒部ダム着のルートを一足早く体験できたので、その模様をお伝えする。

5つのレアな乗り物を乗り継いで黒部ダムを目指す

 アルペンルートでは、ケーブルカーやロープウェイ、トロリーバスなど6つの乗り物を乗り継いでいくことになるが、キャニオンルートでは、工事用トロッコ電車、竪坑エレベーター、蓄電池機関車、インクライン、バスの5つの乗り物を乗り継いでいく。

 ほぼトンネル内というルートのため、車窓からの景色はお世辞にも風光明媚とは言い難いが、所々で現われるビューポイントでは、これまで目にすることができなかった黒部峡谷や北アルプスの険しい自然が眺められる。

 出発地となる黒部峡谷鉄道の宇奈月駅に集合すると、まずは本人確認と持ち物検査が実施される。というのも、キャニオンルートには関西電力の発電所が含まれているため、安全確保の意味合いもあり、一般的な観光ツアーよりも厳重なチェックが行なわれるとのことだ。

 キャニオンルートの起点となる欅平駅までは、黒部峡谷鉄道のトロッコ電車に乗って向かう。取材日は10月半ばで、鮮やかな紅葉が楽しめると期待していたが、猛暑の影響か青々とした森林が広がっていた。

黒部峡谷鉄道のトロッコ電車に乗って起点となる欅平駅を目指す

 1時間強で欅平駅に到着すると、そのままプラットホームに残り、ヘルメットを着用。工事用のトロッコ電車の到着を待ち、それに乗り込み、500mほどトンネルを進む。工事用といっても、客車は黒部峡谷鉄道の窓付客車となっており、まだまだ序の口といったところ。

欅平駅でヘルメットを着用し、再びボディチェック
トロッコでトンネル内に進む

 トロッコが停車すると、欅平下部の竪坑エレベーターの乗降口に到着だ。元々は黒部川第四発電所までトロッコ電車でつなぐことが検討されていたが、標高差が大きすぎるため、この箇所に貨車も搭載できる200mのエレベーターを設置したという。エレベーターを降りたところから少し歩くと竪坑展望台にアクセスできる。

竪坑エレベーター
竪坑展望台からの眺め

 欅平上部から黒部川第四発電所までは蓄電池機関車を使用。それまで乗っていたトロッコ電車よりも一回り小さな客車に乗り込み、上部専用軌道のトンネル内を進んでいく。

蓄電池機関車
トロッコ電車よりも一回り小さな客車に乗り込む

秘境での電源開発の厳しさを体感

上部専用軌道のトンネル内を進んでいく

 車内ではガイドによる発電所建設の困難さや、その過程で発生した事故についてのレクチャーを受ける。高熱隧道と呼ばれる区間では、掘削時には岩盤の温度が160℃を超え、ダイナマイトの自然発火などの事故も発生したとのこと。現在もこの一帯は40℃ほどあるということで、ここに差し掛かると客車の窓が熱気で曇り、上部のスリットを開けると硫黄の匂いや熱気を体感できる。

窓には手動のワイパーが付いている
スリットを開けると硫黄の匂いや熱気が車内に

 高熱隧道を抜けると、第2のビューポイントの仙人谷が現われ、蓄電池機関車は仙人谷にかかる鉄橋で停車。鉄橋の上から仙人谷ダムや落差165mの雲切の滝が眺められる。この日は、ここまで来てようやく色づいた木々が見られるようになっていた。

仙人谷ダム
鉄橋の下には険しい渓谷が流れる

 再び蓄電池機関車の客車に乗って少し進むと、黒部川第四発電所に到着。発電所内では、ダムと発電所の位置関係をジオラマで把握したり、巨大な予備の水車を前に水力発電の仕組みを学んだりできる。

ダムと発電所の位置関係が分かるジオラマ
黒部川第四発電所の内部
巨大なペルトン水車
制御室。この日は点検中だった

 発電所の見学が終わると、インクラインに乗り込み、黒部ダムへと向かうトンネルを目指して34度の斜面を20分ほどかけて登っていく。インクラインはケーブルカーの一種で、基本的な仕組みは同じだが、日本では旅客用がケーブルカー、貨物用がインクラインと定義されている。

インクライン
インクラインの説明
34度の斜面を20分ほどかけて登る
中はわりと広い

 インクラインを降りると、バスが待っている。これに乗ってしばらく進むと、トンネル内でバスが停車。トンネル掘削で出た土砂を外部に逃がすために設けられた横坑の一つとなるタル沢横坑を少し歩くと、第3のビューポイントにたどり着く。

 ここからは、晴れていれば登山家の憧れともなっている剱岳(つるぎだけ)の裏側“裏剱”が眺められる。剱岳には2012年に日本で初めて認定された氷河の1つとなる三ノ窓雪渓があり、なかなか目にすることができないアングルでこうした山々を眺められるのもこのツアーの魅力と言えるだろう。

バスに乗って黒部トンネルへ
タル沢横坑からの“裏剱”の眺め

 ちなみに、この横坑部分は夏でも冷蔵庫のような温度で、おそらく行程のなかで最も寒い場所になる。夏場にツアーに参加する場合も、忘れずに上着を持っていっていただきたい。

 トンネル内に戻り、再びバスに乗り込むと15分ほどで黒部ダムに到着。トロッコに乗って宇奈月駅を出発してから、4時間半ほどの濃密な時間だった。その後はアルペンルートを使い、立山町側か大町市側に向かうことになる。

 黒部ダムでは、例年6月末~10月半ばに大迫力の観光放水が行なわれている。息が上がり、足に乳酸がたまりまくるが、220段の長い階段の先にある展望台は必見だ。運が良ければ虹がかかったダムが見られるだろう。ダムの横にあるレストハウスで「黒部ダムカレー」を食べるのもお忘れなく。

観光放水中の黒部ダム
黒部ダムカレー