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現役パイロットが本気で考えたJALのボーイング 737型機チャーターフライトを体験。操縦士の生実況解説は、その情景が目に浮かぶ臨場感であふれていた

2022年6月 取材

羽田~帯広を飛行する「帯広空港でボーイング737を満喫 日帰りチャーターフライト」が6月に開催された

 フライト中のパイロットが航路や飛行ステータスを詳細に実況してくれる、そんな航空ファンにとって夢のようなツアー「帯広空港でボーイング737を満喫 日帰りチャーターフライト」が6月に開催された。

 JALがこれまで手掛けてきたさまざまな企画のなかでも、現役パイロットが本気で考えたという本ツアーは異彩を放つ存在。航空機の運航におけるディテールを参加者たちに伝えるべく、関係機関や部署との調整を行ないながら1年かけて用意したのだという。

帯広空港までの実況解説付きフライトと現地見学の盛りだくさんな内容

 ツアーの内容は、ボーイング 737-800型機(V40仕様)で行く羽田から帯広までのフライト解説、航空大学校帯広分校の見学、機体見学、運航乗務員のトークショーで構成されていた。往路はJL4529便(11時35分発、13時50分~14時05分着予定)として飛び、復路はJL4520便(18時35分発、20時15分着予定)として東京まで帰ってくる行程だ。

 通常、帯広までは1時間35分ほどのフライトだが、往路は定期便とは異なるルートで2時間15分~2時間30分をかけて帯広まで飛ぶ。また往路のルートは、東北の真ん中を縦断して函館から十勝地方に向かうプランと、宮古から太平洋に抜けて釧路から阿寒摩周国立公園の上空で折り返して十勝にアプローチするプランのどちらかを、天候によって選択するようになっていた。

天候に合わせて2つのフライトプランが用意されていた

 出発前、専用のチェックインカウンターには、この日を楽しみにしていた参加者109名(1名のみキャンセル)が列を成していた。今回のツアーは募集が始まると同時に多くの希望者が募り、最終的には抽選によって110名の枠が決まった。倍率は約8倍までになったそうで、相当な強運の持ち主が参加できたともいえる。

 参加者の年齢は、下は10代から上は70代までが参加しており、ボリュームゾーンは50~60代と60~70代が半分を占めていた。夫婦や親子などペアで参加している人も多く、男性6割、女性4割といった割合だ。

専用チェックインカウンターの様子。抽選倍率8倍を突破した参加者が集まった

 出発ゲートは18番が使われ、その周囲ではパイロットや客室乗務員と記念撮影する参加者の姿も見られた。また、プレゼントとしてJALオリジナルグッズが配られ、そのなかにはA4用紙13枚にもおよぶ旅のしおりや、フライトログブック風の搭乗証明書も手渡された。

 この旅のしおりには、専門用語を使った出発前確認や空港路線情報の確認事項、搭乗してからの確認事項、タキシング(滑走路までの自走)、離陸、巡航、降下と到着準備、着陸までの主な項目や空港周辺の航路などが列挙されており、機内の解説と合わせて理解を深められるようになっていた。

 今回のチャーターツアーを企画した副操縦士の光井淳彦氏が個人的に作成したものだというが、フライトにまつわる情報はもとより、光井氏自身がアリゾナで体験したパイロット訓練生時代の思い出も綴られており、パイロットを知るうえで興味深い情報が目白押しとなっていた。その内容の濃さと熱量に、参加者たちもこれから始まる旅に期待を高めたのではないだろうか。

18番ゲートからチャーター便として用意されたボーイング 737-800型機に搭乗
フライトログブック風の搭乗証明書
光井副操縦士が作成した旅のしおり

出発準備の段階からフライト実況が開始される

 搭乗してからは光井副操縦士がマイクを持って、「コロナ禍で飛行機が飛べないなか、皆さまに喜んでいただけるチャーターフライトを実現できないかと考え企画しました。私たちパイロットが本気で考えたチャーターフライト。JALグループの多くの仲間たちが協力して、本日の実現に至っています」とあいさつした。自身が作成した旅のしおりとともに、上空での解説を操縦室から行なう旨を伝え終わると、最後に拍手が沸き起こった。

 そのあとはさっそく操縦室からの解説が始まり、「16LEFTからの出発になります」「エンジンスタートを開始します」「NO.2エンジンスタート」「NO.1エンジンスタート」「エンジンがスタビライズ(安定動作)したので、電源、ハイドロ(油圧)、エアコンなどをエンジンからの供給に切り替えました」「フラップはテイクオフ・フラップ5に設定しています」といった、今回のツアーならではのアナウンスが流れた。

 ツアーが開催された日は、梅雨前線が日本の上空に停滞しており全国的に雨模様。東北の一部と函館方面だけ晴れ間がのぞいていたので、飛行プランは東北を縦断して、函館、千歳付近を通過したのち、十勝へ向かうルートが選ばれた。離陸時のクリティカルタイムを抜け、浦安付近を旋回するころには再び光井氏の解説が始まった。

「当機は高度3000フィートを通過。フラップアップのための加速に移ります。ヘディング(機首の向き)030の指示を受けました。安全速度への加速を確認し、フラップ1アップ。左旋回中であります。ヘディング010の指示を受けました。離陸後の手順であるプロシージャ、アフター・テイクオフ・チェックリストを完了し、現在高度は5000フィートを通過。高度約1600m。まもなく、左下に浦安の東京ディズニーランドをご覧いただけるかと思います」

 通常のフライトでは聞かれないような言葉であるヘディングなども交えてフライト状況を解説していた。ちなみに飛行機は向かう方向を360度の方位で表す。真北が360で、真南が180になる。010ならほぼ北に機首を向けていることになる。

離陸に向けてフラップをセット
スポイラーなども手順とおりに動作確認を行なう
アナウンスのとおり滑走路16Lから出発
離陸後は左に旋回しながら上昇。D滑走路が見える
ディズニーランドやディズニーシーの近辺を通ってさらに上昇を続ける

函館上空でホールディングして飛行機ならではのダイナミックな景色を堪能

 その後、東北地方を縦断する奥羽山脈沿いの飛行に際して、山肌を駆け上がった風が引き起こす山岳波による乱気流の影響や、空の高い位置を流れる上層流の急変によるスピード変化への対応なども重要であると解説した。分厚く垂れ込めていた雲の隙間からは東北地方の景色もちらほら見られるようになり、機体の左側には秋田空港や男鹿半島などを目視できた。

 青森の上空を飛び、津軽海峡が見えてくると再び光井氏より「1万3000フィートで水平飛行に移りました。函館アプローチへの移管を指示されました」とアナウンスが入り、函館を目標にフライトしていることが告げられた。

「函館アプローチにコンタクトし、7000フィートへの降下の許可をいただきました。函館上空、7000フィートでホールディングする計画をしています。フライト・マネジメント・コンピュータには、函館上空をホールディング、飛行機で楕円形を描きながら待機するパターン、こちらを入力し、確認を行なったところです」

 このような解説が行なわれ、函館上空で旋回しながら待機するホールディングと呼ばれる動作に移行するため、フライト・マネジメント・コンピュータに入力したことを報告。そして、FMCと呼ばれるフライト・マネジメント・コンピュータへの入力も間違いがないか相互確認のうえで反映させていることも説明した。

 この日の函館は晴れ渡っており、高度2100mの上空からゆっくりと函館の街並みを見ることができた。眼下には、函館山や五稜郭、函館空港やこの日に開幕した函館競馬場など、遊覧フライトならではのダイナミックな景色にツアー参加者も大喜びの様子だった。

帯広空港に向かって飛行を続けている機内の様子。東北地方を通過する際は雲の合間から景色も楽しめた
眼下に見えるのは秋田空港
津軽半島を目にしながら陸奥湾上空を通過
厚い雲を背にした函館市街
函館上空を2100mの高さで旋回する
標高334mの函館山がくっきりと見えた
函館競馬場
函館空港

客室乗務員でJALふるさとアンバサダーの小林氏が十勝地方の魅力を伝える

 その後は進路を東に向けて飛行。日高山脈の雄大な景色も堪能できる予定ではあったが、函館を除く北海道全域は厚い雲に覆われていたため、残念ながら雲海の上を通過するだけとなった。

 客室乗務員でJALふるさとアンバサダーを務める小林千秋氏は、「本来なら南北100km以上連なる雄大な景観を楽しめるはずでしたが」と前置きしつつ、日高山脈の特徴を説明。大陸プレート同士(ユーラシアプレート、北米プレート)がぶつかって形成されたため、プレート層の浅いところから深いところまでの地層が地表で観測できる世界でも非常に珍しい場所だということ。氷河の浸食によって作られ、カールが険しいながらも美しい稜線を形成していること。ハート形をした豊似湖が有名であることを紹介した。

 空港のある十勝地方は、本来なら“十勝晴れ”と呼ばれるくらい晴れ間が続く、日照時間の長い土地であり、広い土地を活かした畑作においては、小麦、豆類、ビート(てん菜)、ジャガイモなどの栽培が盛んであるという。酪農では、新鮮なミルクを使ったバターやチーズ、ソフトクリームやジェラートなど、畜産では豊富な肉料理が有名。さらに太平洋沿岸に面していることから水産業も盛んであり、新鮮な魚介類を使った海鮮料理が揃うなど、美食が目白押しのエリアであることをアピールした。

厚い雲に覆われ、残念ながら日高山脈や十勝平野の美しい景色は拝めず

 空港が近くなると再びコクピットからアナウンスが入り、帯広空港周辺は雲が低く立ち込めて視程が悪いので「ILS(Instrument Landing System:計器着陸装置)」による進入方式で着陸することにして、コクピットでは着陸のためのブリーフィングを行なうことを参加者に伝えた。

 電波を使ったILSによる着陸はかなり精度が高く、そのなかでもより悪天候な低視程で着陸可能なカテゴリー3(帯広空港はカテゴリー1)の施設を備える空港として、霧で有名な釧路空港なども紹介された。出発機の離陸を上空で待ったのち、JL4529便は小雨の降るなか帯広空港に14時11分に到着した。

小雨が降りしきるなか、ILS方式で帯広空港にアプローチする
函館空港に到着したJL4529便

帯広空港では航空大学校や機体の見学などレア体験が目白押し

 帯広空港に到着したあと、最初に向かったのは空港内にある航空大学校帯広分校だ。エアラインのパイロットになるためには当然、操縦士の資格が必要になる。日本においては、航空会社に入社してパイロットの養成訓練を修了する方法と、航空課程のある大学を卒業して資格を取ってから航空会社に入社する2つの方法がある。航空大学校は後者にあたり、公的な学校法人であるため学費が格段に安いことが特徴だ。

 航空大学校は宮崎に本校、帯広と仙台に分校が設置されており、カリキュラムに応じて各地を移動して学ぶようになっている。帯広分校では、実機を使った操縦の初期訓練と教官を乗せずに飛ぶソロフライトが行なわれる。こちらの卒業生でもある機長の荒木雄次郎氏は、初めて空を飛んだ時の光景を今でも覚えていると話し、「雪が降ったあとだったので、一面の銀世界にとにかく感動しました。でも、道路などの目印も雪に埋もれていたので、5分後には自分がどこにいるか分からなくなってしまいました」と自身のエピソードを披露した。

 また、ソロフライト中に吹雪になることもあり、その際はゴーアラウンドを繰り返してようやく着陸したこともあったそうだ。こちらで学ぶソロフライトは、楽しいのと同時にどのような状況下においても安全に飛行するといった基本を叩きこんでくれる場所であったと話してくれた。

母校での思い出を語る主席機長の荒木雄次郎氏
航空大学校帯広分校にはシーラス・エアクラフトの「SR22」が15機あり、学生はこちらの機体で初めてのフライトを経験する。機体にはもしものときに備えて、水平降下できるパラシュートも装備している

 雨が降りしきるなかではあったが、機体や消防施設の見学会も実施された。普段は見られない飛行機を間近で見学できるとあり、誰もが興味深げにスタッフの話に聞き入れ、写真撮影を行なっていた。そのほかエンジンや貨物室、ランディングギア(着陸装置)などの説明に加え、主翼の前縁部にある防氷装置や、エンジン取り付け部の後方にあるドレーンなど、かなりマニアックな部分まで詳細に解説していた。機内ではコクピットの見学、機内アナウンス体験も行なわれた。

今回のツアーの目玉でもある機体の見学。実際に自分が乗ってきた機体を間近で見るというめったにない機会だ
「何でも答えますよ!」と参加者の質問に対して気軽に応じていたスタッフ
エンジンからの高温・高圧空気を噴出することによって着氷を防ぐ防氷装置
燃料漏れが起きてもエンジンに引火しないよう取り付け部の後方に設置されたドレーン
機内では主席機長の岡村慶正氏がボーイング 737-800型機についての質問に答えていた
機器を使ったアナウンス体験
コクピットの見学。子供は特別に座ることもできた
空港用の化学消防車も披露された
放水も実演されるなどツアー内容は盛りだくさん

トークショーではパイロットの持ち物の解説や疑似ディスパッチ・ブリーフィングを行なう

 機体などの見学が終わったあとは、機長の馬場照久氏、副操縦士の光井淳彦氏、客室乗務員の小林千秋氏によるトークショーが行なわれた。パイロットの持ち物を紹介するコーナーでは、ライセンスや個人用ログブックをはじめ、iPadやモバイルバッテリー、アルコール検知器、サングラス、予備眼鏡、クルーミールなどを紹介。個人用ログブックの説明では、各自が現在までの飛行時間などを明かした。

 光井副操縦士は1800時間フライトして670回の着陸、馬場機長は14300時間のフライトで4000回の着陸をこなしてきたそうだ。小林氏はもっともキャリアが長いことから7年ほど前に1万5000時間の表彰を受けたそうだが、「そのあとは覚えていません(笑)」と会場の笑いを誘った。

 昔と大きく変わったところではiPadの存在があり、こちらに航路チャートやマニュアルなどを入れて持ち歩けるので、ずいぶん身軽になったと説明。常に最新バージョンに更新されるので差し替えの手間がはぶけ、会社への報告もiPadからできるので、とても便利になったそうだ。

 また、パイロットがコクピット内で食べるクルーミールについて紹介。機長と副操縦士で2種類(食中毒があった際のリスクヘッジとして分けられている)のどちらかを選ぶ際、光井副操縦士は「機長に決定権をゆだねます」とし、「自分が選ぶ際は率先して揚げ物多めでカロリーが高い方をチョイスしています。もしくは、美味しそうなメニューをキャプテンに渡し、ささやかながらもコクピットの雰囲気をよくするようにしています」と、思わず笑みがこぼれるトークを繰り広げた。

 トークショーの後半では、出発前に行なうディスパッチ・ブリーフィングを疑似体験してもらうために復路で飛ぶJL4520便のコースや確認事項の申し送りをした。フライトコースにおける高度はとても重要な項目で、気象条件や先行機の報告による揺れの度合いを元に決定している。

 当日のフライトプランでは、4万フィート(ほとんど揺れない)、3万8000フィート(少し揺れる)、2万6000フィート(途中に積雲があるので揺れる可能性大)が検討され、参加者にもどれを選ぶか問いかけていた。上空であれば揺れは少ないが向かい風が強いのでスピードは出ない。そして低い高度であれば、揺れるがスピードが出るので早く到着するという見積もりだ。挙手によって反応を見たところ、大多数は2万6000フィートを選んでおり、馬場機長は「皆さん攻めますね~。2万6000フィートを選ばないように勧めたのに、まったく聞いてもらえませんでしたね」とのリアクション。光井副操縦士は「すでに1時間のディレイが表示されているので、スピード優先ということですね。答えは上空でお伝えします」と話す様子に、会場からも笑いが起きていた。

機長の馬場照久氏(左)、副操縦士の光井淳彦氏(中)、客室乗務員でJALふるさとアンバサダーの小林千秋氏(右)がトークショーに登場した。光井副操縦士はこの春からボーイング 777型機の乗員部に異動したが、以前は737型機の乗員部に所属していた
デスパッチ・ブリーフィングの体験では、実際に行なっているブリーフィング内容をかなり細かく再現。最近は安全第一のうえで、省エネフライトを心掛けているそうだ

 今回のチャーターフライトは、主席機長が副操縦士を応援する「バッターボックスプロジェクト」に光井氏が応募したことから実現した。当初はコロナ禍で羽田空港に駐機している多くの機体を使った編隊飛行を考えていたそうだが、訓練や燃料の観点からボツとなり、実現できるものとして今回のチャーターフライトが企画されたとのこと。

 光井氏は以前に大阪で広報業務をしていたこともあり、利用客に喜んでもらえることを常に考えていたそうだ。社内の多くの部署に協力してもらい、現時点では納得のいくツアーとして催行できたが、「第2回があるなら、またさらにお客さまの期待に応えられるようなイベントを考えたいと思っています」と話してくれた。ぜひとも“パイロットが本気で考えた”ツアーを今後も企画してもらいたいものだ。

帰り際にはあずき茶と3種類入った十勝大福がお土産として配られた
機内での食事は名物の豚丼が用意された
羽田空港には21時15分に到着。非常に有意義な1日でありました