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運転士の技術を反映した山手線の自動運転、その仕組みを解説。遅延や間隔調整が起きたらどうなる?【乗ってみた】
2022年2月28日 17:00
- 2022年2月25日 公開
自動運転の模様を報道公開
今回の試験では、日中に営業列車と混じって自動運転を実施した。営業列車に交じって運転することで、先行列車との間隔が詰まってしまったために減速を余儀なくされる(いわゆる“当たる”状態)場面の挙動を検証できる。従来の夜間走行試験では線路閉鎖をかけて単独で走っていたため、そういう試験ができなかった。
そして、加速・惰行・減速・停止といった基本的な運転操作に加えて、乗り心地や省エネルギー運転に関する検証も実施している。
別掲の動画では、発車から次駅到着までの模様を撮影した。運転士は最初に発車指示のボタン操作を行なっているが、加減速の指示に使用する主幹制御器(マスターコントローラ)には一切手を触れていない。
なお、途中でブザーが鳴動して運転士がボタン操作を行なっているのは「EB装置」。何も運転操作を行なわない状態が一定時間以上続いたときに、この操作によって、運転士が意識を失うような事態が起きていないことを確認する。ボタン操作を行なわなければ非常制動がかかる。
今回の試験列車ではひと駅ごとに、所要時間と停止位置のズレを「○分△△秒、○分△△秒、プラスセンチ」とアナウンスしていた。すべての駅間についてカウントしたわけではないが、停止位置のズレは数cmから十数cm程度、マイナスよりもプラスの方が多かったようだ。許容範囲は±35cmなので、十分に余裕をもって許容範囲内に収まっている。
もともと鉄道は自動運転に向いている
鉄道の自動運転では、GoA(Grade of Automation)という言葉で、複数のレベルが規定されている。そのうち、JR東日本がまず目指しているのはGoAレベル3。つまり、保安要員としての乗務員は乗務させるが、運転操作や扉の開閉は自動化する形態だ。
鉄道は自動車と比べると、もともと自動運転を実現するための技術的基盤が整っている。
第一の理由は、進路制御を地上から分岐器の切り替えによって行なうこと。そのため、自動車でいうところのハンドル操作は必要ない。車両側は、設定された進路上を所定の時刻と制限速度を守りながら走ることに専念できる。
第二の理由は、信号保安システムが整備されていること。山手線の場合、デジタル式の自動列車制御装置(ATC:Automatic Train Control)がある。これは、地上側から「停止すべき位置」の指令を受けて、そこで停止できるように減速パターンを生成、実際の速度がそれを超過していれば自動的にブレーキをかける。こうして、先行列車より手前で安全に停止させる。
このATCを土台にして、自動的に加速・惰行(パワーを切って惰力で走行する状態)・減速・停止を行なうのが、自動列車運転装置(ATO:Automatic Train Operation)。すでに地下鉄ではATO運転に長い歴史があるが、これは運転士が乗務して、発車の指示だけ手作業で出している。山手線の自動運転でも同じ方法である。
どのように自動運転を実現するか
では、どのようにして自動運転を行なうか。
まず運転士が「模範運転」を行ない、そのデータを基にしてランカーブ(運転曲線。横軸に距離、縦軸に速度をとったグラフ)を設定した。ATO装置は、そのランカーブに添うように加速・減速を行なう。また、線路のアップダウン(勾配)や曲線などの条件は駅間ごとに異なるため、ATOの装置に勾配や曲線のデータを記憶させてある。例えば、前方で曲線区間があって速度制限がかかる場合には、自動的に減速する。
次に停止である。山手線のように可動式ホーム柵を導入している路線では、停止位置を正確に合わせなければ乗降ができない。そこで定位置停止装置(TASC:Train Automatic Stop-position Controller)を備えているが、これは停止する直前に限定して減速パターンを制御している。
そのTASCの制御を拡張する形で、自動運転に応用している。TASCは通常、7ステップ(ノッチ)の制動指令を出しているが、今回の自動運転では、その7ステップを4段階ずつ細分化。トータル28ステップとして、キメの細かいブレーキ制御を実施している。
実際の営業列車では、乗客の多寡によって加速や減速の加減が違ってくる。しかし、現在の鉄道車両には応荷重装置というものが付いていて、重くなればそれに応じてパワーを足したり制動力を強めたりするし、軽くなれば逆になる。そういう制御が自動的に行なわれるので、これも自動運転を実現しやすくする1つの要素になっている。
こうした話になると、「では、明日にでも山手線で自動運転できるのではないか?」という疑問が出てくるのは当然かもしれない。しかし、JR東日本はさらに高い目標を掲げている。
過去の試験の積み重ね
JR東日本は、2018年12月から2019年4月にかけて、山手線でE235系電車を用いてATOの試験を実施した。各駅における出発・停止操作に加えて、停止位置の精度や、駅間走行時分といった分野の検証を行ない、所要の性能を満たせていることを確認した。
過去の試験実績
2018年度: 加速、定速走行、減速、定位置への停車などの運転機能の試験
2019年度: 乗り心地向上や駅間停車防止に関する車両制御の試験
2020年度: 列車の最適な群制御など、将来の運行管理連携を意識した試験
ただし、単純な自動運転では乗り心地に悪影響をおよぼす可能性がある。常に制限速度ギリギリで走ろうとして、加速と減速を繰り返すようなことが起きてしまうからだ(クルマのクルーズコントロールで、そういう挙動に直面することがある)。一般的な電車の運転は、加速したあとは惰行して、次の停車駅が近付いたら減速して止める、というもの。そこで、常に制限速度一杯で走ろうとして加減速を繰り返せば、ギクシャクする上に電気のムダ遣いになる。
そして、初期の自動運転と比べると、今回の試験の方がスムーズな走りになっているという。
そこで、JR東日本が以前に発表していた、省エネ運転の話も関わってくる。これを実現する際には加速から惰行に移るタイミングを少し早めるが、それだけでは速度が下がり、駅間運転時分が延びてしまう。そこで、制動開始を遅らせて惰行の時間を少し長くとり、運転時分を増やさないようにする。
こうしたデリケートな運転操作は運転士の「技」による部分があるが、それを自動運転でいかにして実現していくか。その際に、加速から惰行に移るところ、惰行から制動に移るところで衝動を出すのはよくないので、熟成と検証を要するポイントである。
今回の報道公開で実際に自動運転を体感してみたが、停止したあとの揺り戻しは、まだいくらか強く感じられた。これは停止したときのブレーキ操作に関わる話だが、将来はもっと穏やかになるだろうか?
今後の課題
JR東日本では2025~2030年に、山手線と京浜東北線でATOを導入する考えだ。そして2030年代に、GoAレベル3の実現を目指す。無人運転は将来課題として、まずはワンマン運転までを視野に入れている。
これまで運転士と車掌が乗務していたものが、保安要員1人だけになると聞けば、理屈ではなく感覚的に、不安に感じる向きもあるかもしれない。しかし、乗務員にしかるべき異常事態対処の訓練を施すことに変わりはないし、地上側の駅係員や、全体の運行状況を統括する指令室も連携して対応する、と説明されている。
ただし、自動化を進めていくと、いろいろ課題も出てくる。
例えば、遅延が生じた場合には、遅れを取り戻すための回復運転が必要になる。制限速度を守りつつ、通常よりも速く走るという難しい操作だ。現時点ではそこまで自動化するにはいたらず、乗務員が手作業で介入したり、走行モードを切り替えたりする必要があるという。
また、今回の報道公開では一部区間について、徐行が設定されている関係で手動運転となった。工事の関係で徐行が設定されることもあるし、突発的な事象が原因で臨時に徐行が設定されることもある。それに対して自動運転システムでどのように対応していくかも、課題の1つであろう。鉄道は自動車と異なり、制限速度を1km/hでも超過すれば“事故”として扱われてしまう。
そして、自動運転に加えて列車間隔の最適制御も将来の課題に入っている。現在でも意図的に発車を遅らせて間隔調整を行なう場面はしばしば見受けられるが、それをさらに深度化して、精緻に行なえる方がよい。そこで関わってくるのが、2028年以降に山手線・京浜東北線で導入を計画している無線式の信号保安システム・ATACS(Advanced Train Administration and Communications System)である。ATACSは列車の位置を「区間」ではなく、もっと細かい単位で把握でき、現行のATCよりも精緻な間隔制御が可能になるからだ。