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JAL、早稲田イーライフと「介護予防チャーター」実施。高齢者の「もう一度旅に出たい」をかなえる
「JALなでしこラボ」の発案を実現
2018年12月15日 00:00
- 2018年11月3日~4日 実施
JAL(日本航空)と早稲田エルダリーヘルス事業団は、「早稲田イーライフ×JALなでしこラボ 共同企画チャーター」を実施。軽度の介護認定を受けた介護予防に取り組む高齢者の「もう一度旅に出たい」という要望をかなえるべく、往路に「介護予防チャーター」を使った1泊2日の「ゆったり楽しむ大分・温泉の旅」を実現した。
ツアーは11月3日~4日の2日間。往路は成田空港発の「介護予防チャーター」便で大分空港へ。到着後は専用バスで別府観光を楽しみ、「ホテル&リゾーツ別府湾」に宿泊。翌日は早稲田大学スポーツ科学学術院の荒木郁子氏によるエクササイズや観光を楽しみ、復路は大分空港発羽田空港行きのJAL670便(通常運航便)を利用する旅程。本稿では往路の大分空港までの様子をレポートする。
JALなでしこラボでの発案から「介護予防チャーター」が実現
今回のツアーをJALとともに共催した早稲田エルダリーヘルス事業団は、介護デイサービス「早稲田イーライフ」を全国122か所で運営している。東京と千葉で早稲田イーライフが運営する介護デイサービス14か所から参加者を募り、大田区と品川区を中心とした6施設、67歳から92歳までの合計47名が参加。ツアー代金は2~3名1室利用で1名あたり4万4800円。1名1室利用で4万9800円。
このチャーター機を使用したツアーは、JALが女性活躍推進や多様性の尊重、働き方改革に取り組むためのプロジェクトとして継続している「JALなでしこラボ」が、「なでしこ介護チャーター」を発案したことがきっかけで実現したもの。
JALなでしこラボは2015年9月に発足し、第1期では「意識」「ポジション」「継続性」のテーマでそれぞれ研究を実施。このうち「継続性」を担当する「つむぎ」チームが「介護」にフォーカス。介護に対する知識や理解を広めることを目的として「介護サポーターバッジ」の作成を提案。さらに「将来的に介護問題に取り組んだ経験をJALの商品やサービスに活かす」とした。
2016年10月から始まった第2期では、第1期の提言を実践することを目的とした「TAKE OFFチーム」が作られ、これらの取り組みを継続。介護については仕事と介護の両立セミナーを実施し、「介護サポーターバッジ」も実際に配布。さらに「仕事×介護 両立支援ハンドブック」も作成された。
この第2期のTAKE OFFチームは、社員が介護に取り組みやすい形を模索するなかで、実際に介護を受ける側にも着目。「なでしこらしい貢献を検討したい」と介護デイケアサービス施設「早稲田イーライフ」を訪問した。そこでスタッフから「施設に通う方にとって、健康維持の目的・目標が明確にないと、なかなかモチベーションが保てない」という課題を聞く。そこで、「介護を受ける方が目標を持つこと」を目指して、「なでしこ介護チャーター」を発案した。
2017年7月の成果発表の際、「本当は旅行に行きたいけれど、家族に迷惑がかかるから、体力に自信がないからと、行きたい気持ちを隠しながらリハビリに励んでいます。もし、もう一度旅行に行けるなら温泉に行きたいという声が多くありました。チャーターフライトを実現し、シニアの皆さんの夢を実現させたい」と会場に訴え、「なでしこ介護チャーター」の実施に向けて本格的に動き出すことになった(関連記事「JAL、ダイバーシティ推進や働き方改革を目指す『なでしこラボプロジェクト』の第2期研究発表会」)。
これにより、2017年10月に第3期のJALなでしこラボでチャーターチームが発足。TAKE OFFチームのメンバーは定期的にデイサービスにボランティアとして参加し、デイサービスの利用者と長い時間をかけて信頼関係を築くことからスタート。さまざまな調整や企画実施までの検討を続け、はれて実現となった。今回の「介護予防チャーター」を実現することで、第1期で目指した「介護経験をJALの商品に活かす」という目標を数年がかりで実現したことになる。
品川駅前に集合、チャーターしたリムジンバスで一路成田空港へ
ツアー参加者は、まず品川駅の港南口に集合。47名の参加者に対して、早稲田イーライフの介護スタッフや看護師ら26名が同行し、車いすでの参加を補助したり、体調管理を行なったりした。参加者らはチャーターしたバス2台に分乗して成田空港へ。バスには施設ごとに参加者とスタッフが乗り込み、走行中にはTAKE OFFチームのメンバーが旅程の説明や、記念のカードなどを配布した。
1時間ほどで成田空港に到着し、出迎えた空港スタッフとともに空港内に移動。あらかじめ車いすも用意されており、デイサービスのスタッフも多く同行しているため人手は十分にあり、スムーズに搭乗券を受け取りセキュリティゲートへ。参加者は、杖をついたり、歩行器を使ったりとそれぞれ工夫をしながら各自のペースでゆっくりと搭乗ゲートまで進んだ。
参加者は夫婦や、デイサービスの知人同士、高齢の母親に娘が付き添う形などが多いようだった。1人の参加者にもデイサービスのスタッフが付き添い、ずっと1人でいるという場面はないようだった。
「ゆったり楽しむ大分・温泉の旅」のスタートを祝うゲートセレモニーを実施
搭乗ゲートでは、今回のチャーター機を記念してセレモニーが行なわれた。まずJAL 副会長 兼 JALなでしこラボ統括責任者の大川順子氏があいさつ。JALなでしこラボのメンバーが早稲田イーライフの介護デイサービスをボランティアとして訪れたり、逆に介護デイサービスの利用者が羽田空港の格納庫見学をしたりと、絆を深めてきたことを紹介。「皆さんにとっても私たちにとっても、最高の旅になることを確信しています。後輩の客室乗務員と一緒に、私も大分空港まで空の旅をご一緒させていただきます。“ゆったり楽しむ大分・温泉の旅”をスタートいたしましょう」とコメントした。
続いて、早稲田エルダリーヘルス事業団 代表取締役社長の筒井祐智氏があいさつ。「スタートから2年弱、JALなでしこラボの皆さんと一緒に作り上げてきた旅です。我々は早稲田大学スポーツ科学学術院の先生方と一緒に、高齢者の方々に運動サービスを提供して元気になっていただき、QOL(Quality of life)の向上につなげることを目指しています。日々の皆さまのトレーニングの成果を今回発揮していただき、この2日間を楽しい旅行にしていけたらと思っています」とコメントした。
機内で配られた「特製お弁当」は、第2期JALなでしこラボ「虹の架け橋チーム」のメンバーで、今回のフライトにCA(客室乗務員)として搭乗した中村美香氏が説明した。「薄味の和食中心でヘルシー。具材で季節感が感じられるお弁当です。大分県産の食材も取り入れ、まさにこのチャーターのためのスペシャルなお弁当です。ごはんもおいなりに仕上げてあり、食べやすさにも配慮いたしました。どうぞお楽しみください」と紹介した。
このチャーターを企画した、JALなでしこラボ第2期生のTAKE OFFチームのメンバーからは、ジャルパックの堀切明美氏が代表してあいさつ。今回のフライト実施までの経緯を説明し、「施設にお伺いするなかで、旅行をあきらめている方がとても多かったことから、皆さまの旅行の喜びをもう一度味わっていただきたいと企画しました。『手作り感』『温かみ』を目指して作ってまいりましたので、皆さまにもぜひ楽しんでいただけたらと思います」とコメントした。
また、同じくTAKE OFFチームの一員であるJALマイレージバンクの友井治子氏が、ツアーの参加者に配られる「JALオリジナルタオル」と「トートバック」について説明した。タオルは、大分空港に到着後、ロビーにある足湯を楽しんでほしいという主旨で用意されたもので、さらにトートバックは「JALなでしこラボのメンバーがデザインを考えた完全なオリジナルです。両手が使えるように肩かけのデザインとし、皆さまの“もう一度旅に出たい”という気持ちを応援したいという思いを込めたメッセージを入れております。ぜひ、旅行後も日常でお使いください」と紹介した。
ジャルパックの堀切明美氏によると、今回の参加者は事前にJALなでしこラボのメンバーがボランティアとして通った施設の人がやはり多いとのこと。「ようやく実現しました。今日この日を迎えることができて、喜びしかないです。参加者の皆さんも、朝も早めに集合してくださる方がいらっしゃったりと、旅行に対するポジティブな気持ちが伝わってきました。搭乗ゲートで皆さんのうれしそうな表情を感じて、想像以上に喜びが強まっています」とコメント。顔見知りの施設利用者も多く、非常に明るい雰囲気で、スムーズに搭乗。11時のほぼ定刻にチャーター機(JAL5745便)は出発した。
特製お弁当の提供や、インフライト体操など機内のイベントも充実
今回のJAL5745便に使用した機材は、ボーイング 737-800型機。11時に成田空港を出発し、13時10分到着予定で約2時間の空の旅になる。
シートベルト着用サインが消灯すると、まずはドリンクや特製お弁当の提供が始まった。参加者に感想を聞くと、「味の濃さも量もちょうどよい」という意見が多く、特製お弁当を楽しんでいた。ドリンクの提供では、コーヒーのポーションも入れてから渡すなどCAの配慮が行き届く。乗務したCAは全員「サービス介助士」の資格を持っている。
ゆっくり食事を楽しみながら、参加者は、富士山や明石海峡大橋、小豆島、大鳴門橋など眼下に次々現われる名所を満喫。「あそこには昔いったことがある」「あそこはいいところだった」など思い出話に花が咲いていた。通常のフライトと同じく機内販売も行なわれ、買い物を楽しむ参加者も見られた。
その後、JALの「インフライト体操」を実施。インフライト体操は、深呼吸や肩の運動、伸びの運動、足首の運動などシートベルトを着用したまま行なえる、血行をよくする運動だ。ツアー中に介護予防運動の指導を行なう早稲田大学 スポーツ科学学術院 非常勤講師/早稲田大学エルダリーヘルス研究所 招聘研究員の荒木郁子博士を始め、CA、JALのスタッフも全員参加。チャーター機ならではの一体感だった。
参加者のペースでゆったり進むツアー。専用バスで別府観光へ出発
チャーター機は、13時4分に大分空港に到着。手荷物を受け取ったあとは、到着ロビーで休憩時間。チャーター機を担当したCAや、機長・副機長らと記念写真を撮ったり、無料の「足湯」を楽しんだりと、思い思いに過ごし、ゆったりとツアーが進んでいく。
チャーターフライトを終え大川副会長は、「環境が整えば、まだまだご旅行に参加できる方もたくさんいらっしゃると感じました。飛行機の旅行ということに対して利用者の方が感動してくださっていて、それにJALなでしこラボのメンバーができる限り応えていました。お互いに素直な気持ちで関わる姿がとてもうれしかったですね」とコメント。
また、これまでのJALなでしこラボの取り組みのなかで繰り返し語られてきた「具現化」をとうとう実現したメンバーたちには、「2年間いろいろなことを学んだね、と声をかけたい」と述べ、「今回の実施は、JALなでしこラボのTAKE OFFチーム5人のメンバーだけで実現できたわけではなく、JALグループの多くの部署が結集して実現できたこと。飛行機を1機飛ばすためには、いろいろな部署が知恵を絞り合って安全・安心な飛行を実現している。それをメンバー一人一人が本当に体験したと思う。今後もこうした取り組みを続けていきたい」と語った。その後、参加者らは空港駐車場で専用のツアーバスに班ごとに分乗。観光に出発するバスを、大川副会長らがを見送った。
「旅に出たい」という気持ちが本人と介護者のQOLを高める
朝、品川駅前で集合した際、記者は参加者の皆さんがとてもお元気そうなのに驚いた。しかし、参加者に話を聞いていくと「車いすの夫を連れてツアーに参加するのを躊躇していた」「足がわるく、杖が必要なので普通のツアーだと周りに気を遣う」「耳が遠いので説明が聞こえづらい」など、いろいろな事情を抱えていた。なかには「高齢者の知人数十人でクラブを作ってオーダーメイドでツアーの発注をしている」というつわものもいたが、多くの人は「旅行は好きだが、一般の旅行ツアーは参加しにくい」という気持ちだった。
しかし今回のツアーでは、デイサービス施設のスタッフに「車いすを使う?」と声をかけられても「いや、歩く!」とがんばる姿があり、大分空港でツアーバスに積み込む個人の車いすの台数の多さに、日常は車いすも使うものの、旅の高揚感でいつも以上に元気なのだ、と感じた。この高揚感を思い出せさえすれば、旅行に行くという目的が介護予防運動プログラムに取り組むためのモチベーションに十分つながりそうだ。JALなでしこラボの発案で始まったこの「介護予防チャーター」が、本人のQOL維持のためにも、ひいてはいずれ介護を担う世代のためにも、新しい取り組みとして定着していくことを期待したい。