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【インタビュー】ビッグデータで航空機の故障を未然に防ぐ。日々の安定運航につなげるJALと日本IBMの取り組み

 JAL(日本航空)と日本IBMは、航空機の品質を向上させるため、「航空機における故障予測分析」を2016年12月より共同で開始したことを12月7日に発表した(関連記事「JALとIBM、航空機の整備精度を高める『故障予測分析』を開始」)。

 両社は共同で、IBMの統計分析ソフトウェア「IBM SPSS Modeler」を利用してデータを解析し、将来の予測を含むさまざまな分析を行なうデータアナリティクスと呼ばれる手法を用いて、将来発生するであろう機材の故障などを予測。予防的な整備処置を行なうことで、機材不具合による遅延などを防ぐことを目的としている。

 今回、JALのグループ会社で航空機の整備などを担っているJALエンジニアリングの担当者に話をうかがう機会を得たので、JALが今回の取り組みでどのようなことを行なっているのかを具体的に紹介していきたい。

株式会社JALエンジニアリング 技術部 技術企画室 マネジャー 根岸英典氏(左)、株式会社JALエンジニアリング 技術部 技術企画室 竹村玄氏(中央)、株式会社JALエンジニアリング 技術部 技術企画室 谷内亨氏(右)

ビッグデータ+データアナリティクスの手法により、将来を予見した対策が可能に

 “データアナリティクス”とは、その名のとおりデータ解析という意味だが、ITの世界でデータアナリティクスというと、解析するだけでなくそこから将来起こりうる事態を予測するという、未来予測の要素を含むことも多い。現在産業界から大きな注目を浴びており、具体的にはビッグデータと呼ばれる膨大な量のデータを、解析ソフトウェアで読み込み、解析を行なって、未来に起こりうるような事態を予想するという仕組みになっている。

 例えば、航空機であれば、航空機のセンサーからは日々膨大な数のデータが生成されている。エンジンの回転数、各種バルブの開度、発電機の電圧や周波数、、油圧系統の圧力……。実に多種多様なデータが記録されており、それらが航空機に搭載されているコンピュータのストレージに記録されている。

 そうしたデータはフライトが終わったあと、航空機から航空会社の持つサーバーへとコピーされる。そうして記録されていくデータは1フライトあたりでもそれなりの量だが、航空会社が毎日運航しているすべてのフライト×数年分ともなれば、ものすごい量のデータで、もはや人間が解析できるレベルの量ではなくなっている。そうしたデータをITの世界では“ビッグデータ”と呼んでおり、それを大規模コンピュータを利用して解析し、活用するというのがトレンドとなっている。

 そうしたビッグデータを解析する手法がデータアナリティクス。データアナリティクスソフトウェアを利用してビッグデータを解析していくと、人間では気がつかなかった傾向を読み取ることができたり、将来起こりうる事態を予測したりすることが可能になる。

 航空機を例にすると、ある部分の温度センサーが通常よりも高めにでている。であるなら、関連する部品がある確率で数日以内に壊れる、といったような予測を立てることが可能になるのだ。その予測確度が高くなれば、対象部品に不具合が起こる前に交換でき、予想外の事態を防ぐことができる。

 羽田空港から地方空港に向かうフライトを考えてみよう。羽田空港で部品の異常が発見された場合、部品の在庫もあり、比較的すぐに交換することができる。該当便を欠航せずに運航することができるだろう。だが、地方の空港の場合は、部品の在庫がなかったりしてすぐに修理できない可能性がある。その結果、該当便の遅延などにつながったりして、羽田から別の機材を運航したり、修理部品の送り込みが必要になったりということになる。結果的に“安全な定時運航”ができなくなり、利用客に迷惑をかける。

 しかし、データアナリティクスの手法を利用して、部品に不具合が起こると予測できれば、あらかじめ羽田でその部品を予防的に交換して運航することが可能になり、地方空港での修理や部品待ちによる遅れなどを防ぐことができる。これが今回の取り組みの基本的な考え方ということになる。

人が行なっていたデータの解析や予見を、コンピュータを利用して実施

 JALエンジニアリング 技術部 技術企画室 竹村玄氏は、「現場の整備士は、たとえばエンジン周辺で通常と違う音やにおいがするとか、そうした経験や五感をフルに活かして予防整備をしています。もちろんそれで防げる場合も多くありますが、部品の交換に時間を要する場合は、やむなくフライトの遅延などにつながってしまうケースもありました。そこで、日本IBMと協力してIBM SPSS Modelerを利用して予測整備を行なう仕組みを導入することにし、ここ1年間実証実験を行ない、ようやく実際に利用できる段階までたどり着きました」と説明する。

データ解析の流れ

JALエンジニアリングが開発した故障予測分析の仕組み

 誤解のないように言っておくと、ここでの予防整備は、主に定時運航にかかわる部分になる。安全性に関する整備は、国など公的機関や航空機/エンジンなどのメーカーによって定められた整備を行なっており、これまでと変わらず確実に行なわれている。

 今回の予防整備というのはそれにプラスアルファして、データアナリティクスの手法を活用することで、寿命が来ていない部品であっても、故障が起きる可能性を予測できれば、事前にその部品を交換したり、修繕したりすることで、遅延などにつながるトラブルをを防ぐものだ。

「従来もExcelでデータを開いてみて、『ここはおかしいね』と解析することはあったが、あくまで人力だった。しかし、ビッグデータとしてデータを扱い、ソフトウェアを利用して分析を加えることで、不具合とデータの関連性などがよく分かるようになってきた。たとえば、過去に起きた不具合とセンサーデータとの関連性を解析して一定の法則を見つけることで、将来の不具合が見えてくる」(竹村氏)と、コンピュータ解析することで、人間が見ただけでは分からなかった分析ができるようになったという。

 なお、利用されているデータは、航空機のセンサーデータ(エンジンの回転数や温度など)だけでなく、過去にJALが行なった航空機の整備データも加わっている。さらに、その分析には同社の整備士の意見なども加えられており、それらをうまく組み合わせて活用することでビッグデータを分析し、予防整備の知見を得ることが可能になると竹村氏は説明した。

ビッグデータの運用課題などを、日本IBMのコンサルティングで解決

 今回、JALが開発パートナーとして日本IBMを選んだのは、いくつかの理由があるという。JALエンジニアリング 技術部 技術企画室 谷内亨氏は、「1つには日本IBMのコンサルティング能力の高さ。弊社は航空機整備の専門家ではあるが、データ分析の専門家ではなかったからです。また、IBM SPSS ModelerのUI(User Interface)の優秀さなど使いやすさを評価して決めた」と語る。

 ビッグデータの活用というのは、IT業界ではよく叫ばれているが、実際多くの企業が取り組もうとして、その複雑さに挫折することが少なくないという。というのも、一言でビックデータといっても、スマートフォンのアドレスデータのように綺麗にデータが整理されて格納されている訳ではないからだ。

 このため、きちんと結果が出せるようにデータを整える部分でつまずく企業が多いと聞く。JALの場合も、データ解析の専門家ではないエンジニアだけだったら、それは難しかっただろうと谷内氏は指摘する。データ解析の専門家であるIBMがコンサルタントとして入ることで、そこを補うことが可能になり、実際のシステム運用まで行き着くことができたとのことだ。

すでにトラブルを防いだ事例も

 具体的にはどのようなことができているのだろうか? 竹村氏によれば「たとえばボーイング 737-800型機で、フラップ自体は正常に作動しているのに、左右の翼でフラップの位置をモニタしているセンサーの出力値が微妙にずれてきてしまうという課題があった。その予兆がないのかと、ビッグデータをIBM SPSS Modelerを利用して解析したところ、予兆があることが分かった。それにより、予兆がでた段階で調整や部品交換を行ない、ズレが起きないようにすることができるようになっている」とのこと。実際にその予兆を元にズレに関する予防整備を始めて以降は、整備による遅延などを防ぐことができているのだという。

 確かにこうした予兆を活用した予防的な整備は、遅延や欠航を防ぐ手段としてかなり有望に見える。しかし、寿命が来る前の部品をなんでもかんでも替えてしまっては、結果的に整備コスト上昇につながってしまう。

 JALエンジニアリング 技術部 技術企画室 マネジャー 根岸英典氏によれば、「大事なことは発生時期の予測精度を高めていくこと。たとえば、部品を交換するとしても、それが故障直前なのか、そうでないのかでも異なってくる」とのこと。このため、安全運航を堅持しつつ、全体最適を図るために、今後も予測の精度を上げ続けることが欠かせないとのことだった。

課題は、航空機とデータアナリティクスの両方が分かるエンジニアの育成

 今後の課題として谷内氏は、「現在はプロジェクトが始まったばかり。対応できる案件を1つ1つ増やしている段階。将来的にはデータ分析ができるエンジニアを社内で育てる必要がある」と指摘する。それも安易に外部からデータ解析が得意なIT技術者を呼んでくるというのではなく、航空機のことが分かり、データアナリティクスも分かる社員を育成しないといけないとした。

 また、J根岸氏は、「航空機の整備というのは総合力。データアナリティクス1つだけですべてが解決できるというものではなく、整備士の気付きや五感を活かした予防整備はもちろんのこと、部品の改修、定期整備の実施方法の最適化など、総合的な取り組みが求められる。データアナリティクスを通じて総合力の層をさらに厚くして、高品質な航空機の提供に寄与していきたい」とした。

 別途紹介した同じく日本IBMと一緒に取り組んでいるiPhoneやiPadを活用したライン整備(関連記事「JALと日本IBM、航空整備士のワークスタイル変革を目指すモバイル・アプリを共同開発」、MicrosoftのMR(Mixed Reality)デバイスとなる「HoloLens」を利用して整備士の訓練を行なう取り組みなど、最近のJALは積極的にIT技術を取り込む姿勢を見せている。その結果として、利用者に安全で安定した定時運航がもたらされるのだとしたら、歓迎してよいのではないだろうか。