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ポルシェ×東大教授・中邑賢龍。はみ出た子供を見守り・育てる「新しい学び」のプロジェクトが始まる

 ポルシェジャパンは、東京大学 先端科学技術研究センターの教授を務める中邑賢龍(なかむら・けんりゅう)氏とタッグを組み、次世代の子供たちに向けたプログラム「LEARN with Porsche」を開始した。

 LEARNとは「Learn Enthusiastically」「Actively」「Realistically and Naturally」の頭文字を取った言葉であり、そこには「熱心に、積極的に、現実的に、そして自然に“学ぶ”」という意味が込められている。その第1弾として、約10名のスカラシップ生の一般公募を開始。選ばれた子供たちは、8月に北海道で行なうプログラムに参加する。

既存の学校教育になじめない子供を救う

 そんな「LEARN with Porsche」プロジェクトの狙いを説明する前に、ここではまず中邑教授の足跡について触れておきたい。

 中邑教授はこれまでにICT(情報通信技術)を活用した学びの支援研究、重度知的障害や重度重複障害のコミュニケーション支援研究、不登校やひきこもり状態になっている若者を支援する研究を長く行なってきた。

 なかでもユニークな才能を引き出す異才発掘プロジェクト「ROCKET」は、今回の「LEARN with Porsche」プロジェクトにつながっている。

 ROCKETとは「Room Of Children with Kokorozashi and Extra-ordinary Talents」の略称で、直訳すれば「志のある特異な(ユニークな)才能を有する子供たちが集まる部屋(空間)」という意味になる。

 ただしそれは、才能ある子供たちを選抜し、育成することが最大の目的ではない。むしろ才能の発掘は二次的な効果であり、真の目的は「ユニーク過ぎるがゆえに、既存の学校教育システムになじめない子供たち」を救うこと。こうした子供たちに新しい「学びの場」を与えることが、最大のテーマであった。

 ちなみにAIやロボット時代の教育を考える著書として、中邑教授は「どの子も違う 才能を伸ばす子育て 潰す子育て」(中央公論新書)を執筆しており、また異才発掘プロジェクト「ROCKET」のWebサイトやその報告書「学校の枠をはずした」(どく社)には、このプログラムのコンセプトが掲載されている。

 筆者はその著書とコンセプトブックを読み終えて、1つの強い「優しさ」を感じた。今風な言葉で表わせば、「ダイバーシティ」(多様性)や、それを社会として受け入れる「インクルーシビティ」といった言葉に置き換えられるかもしれない。

 しかしそこには、単なる流行りのキーワードよりもはるかに強い、「子供たちを救いたい」という意志を感じたのである。

突き抜けたイノベーションを起こすのは排除された2割の人

「優しさというよりも、社会に対する怒りですよね」

 東京大学 先端科学技術研究センター3号館。研究室のデスクを挟んで、中邑教授はROCKETのコンセプトと、そのいきさつを話し始めた。

「この研究室には、毎日いろいろな人たちが訪れます。そのなかには子供のころにいじめを受け、先生とも折り合いが合わずに学校を辞め、『これからどうやって生きて行けばよいのだろう?』と悩む人たちが大勢います。

 しかしそういう人たちのなかには、実際に働いてみると優秀な人たちがたくさんいるわけですよ。確かに、偏ってはいるけれど。そういう人たちが、社会から排除されてしまっているのです」

 では我々は、彼らをどうやって受け入れればよいのだろうか。

「例えばインクルーシブデザイン(※)というと、どうしても障害者や外国の方々ばかりが取り上げられがちですが、その対象は私たちの身のまわりにもたくさんいるんです。さらにいえば我々自身も人間としてのデコボコを持っているんです」

※既存のマスプロダクトでは対象にしていなかったユーザーも想定したデザインプロダクト

 中邑教授は、その根本的な原因が今の教育システムにあると考えた。

「今の教育は、8割の人たちをある一定のレベルにまで引き上げることを最大の目的としています。しかしそうなると、2割の人たちはその枠から外れてしまう。ここがまず1つの大きな課題です。

 さらにいうと今までの教育は、『企業にとって都合のよい人材』を養成するものだった。みんなオールマイティで、協調性があって、従順です。でもそこからイノベーションは起こらないんです。持続的に技術を発展させることはできても、破壊的イノベーションは起きない。起きようがないですよね? みんな空気を読んで、『これ言っちゃだめだな』とやっているわけですから」

 突き抜けたイノベーションを起こすには、「この2割の人たちと仲よくやらなきゃいけない」と中邑教授は語る。しかしこの2割の人たちは、前述のとおり社会や組織から排除された人々だ。

「現代の社会はこの2割の人々を、いかに矯正して集団に入れるかべきか?と考えていますが、そうじゃない。そんなことをしたら、この人達の才能はつぶれてしまいます。だから、『もっと素直にやってもらおうよ!』というのが私の考えなんです」

 しかし一方で、「特異な才能を子供たちから引き出して、未来を作っていくというプロジェクトにも、限界が見えてきた」という。

「僕たちはメリトクラシー(業績主義)を否定しながら、不登校の子供たちを集めて教育を行なってきたわけだけれど、結局、志が高く、ユニークな才能を競う場所になっていったのです。そこに参加したいが志はあまり高くない、あるいは、突き抜けた才能がまだ開花していない子たちが、排除される結果となってしまいました」というのである。

――志はないんだけど、だめですか?
――自分には突き抜けた才能などないんだけれど、毎日悶々としていて、何かをやりたいんです。だめですか?

 ROCKETの活動を通じて、中邑教授の耳にはこうした子供たちの声も届くようになった。そして、彼らも含めて受け入れることが必要なのだと気付いたのである。

「だから今回、このLEARNというプラットフォームを作ったんです。もちろんこれまでどおり、偏りながらも特殊な才能を持った子供たちを集めはするけれど、その周辺にいる人たちも一緒に参加できるプログラムを作る必要があると感じたのです」

子供たちが中邑研究室のプログラムに挑む

 このような新しい価値観の創造と、それを世界へ広めていく作業は、これからの世の中で大切なことだ。確かにSNSやYouTubeは、発信できる人には大きな武器になる。しかしそれができない人々にとっては、LEARNのようなプロジェクトが救いとなるのではないだろうか。

 筆者は最初、なぜこのプロジェクトをポルシェジャパンが応援するのか分からなかったのだが、今はそれが理解できた気がする。新しさへの挑戦は、まさにポルシェのチャレンジスピリッツや、プロダクトテーマとシンクロするのである。

「私たちがやってること自体は、そんなに新しいことではないんですよ。でもそのバックに流れる思想や活動は、ポルシェのプロダクトのように、突き抜けたものでありたい。今回行なう夏のプログラムは、――まだその内容をお教えすることはできないのですが、そういうものにしていきたいと考えています」

 現代の社会で強く生き抜く子供たちを育てるため、「LEARN with Porsche」プロジェクトはスタートを切る。8月27日から4泊5日の時間をかけて、北海道に集まった約10名の生徒たちが、東京大学先端研中邑研究室のプログラムに挑戦する。

 なお、本プログラムは6月30日17時まで一般公募を受け付けている。興味を持った方はLEARN with PorscheのWebサイトを確認していただきたい。

 そして、その実際のプログラムの模様はまた、別の機会にお知らせすることができるだろう。