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「ポルシェの夢を子供たちの未来に紡いでいく」ポルシェジャパン社長ミヒャエル・キルシュ氏が語る“次世代に残すもの”

 社会や環境と共存していくうえで、私たちはどんな選択をするべきか。

 クルマの世界では電動化が進み、時代の変化が目に見える形で私たちの身近になりつつある今日。ドイツのスポーツカーメーカーとして知られるポルシェは、2021年夏にポルシェの世界を体感できる「ポルシェ・エクスペリエンスセンター東京」を千葉県木更津市にオープンすると発表した。また、同社は若者に向けた社会貢献活動を精力的に進めており、こうした取り組みについて、ポルシェジャパンの代表取締役社長を務めるミヒャエル・キルシュ氏にお話を伺った。

エクスペリエンスセンターはポルシェを五感で体験できる場になる

藤島:2021年夏には、ポルシェ・エクスペリエンスセンター東京が千葉県木更津市にオープンするそうですが、ポルシェの世界に触れてみたいと思う皆さんにとって、うれしいニュースですね。

キルシュ:ポルシェというブランドは、エクスペリエンス(=体験)がすべてです。現地では、ポルシェのプロダクトに直接触れたり、感じたり、匂いを嗅いだりすることができます。

 ポルシェのクルマは五感で体験していただける製品。だからこそ、日本にポルシェ・エクスペリエンスセンター東京をオープンすることによって、現在のお客さまのみならず、ファンも含めて、ポルシェの魅力を体感していただける場所となるでしょう。そうした思いもあって、「木更津にレーストラックを作ります」ではなく、「エクスペリエンスセンターを作ります」と言っています。

藤島:走行体験ができる2.1kmの舗装路では、アメリカで有名なサーキット、ラグナ・セカのコークスクリューの急勾配の下り坂や、ドイツのニュルブルクリンクのカルーセルなどを模したコーナーもあるそうですね。

キルシュ:スポーツカーとは何か。それは、レーストラックを速いスピードで走れるクルマです。直線を速く走れるクルマを作るのは簡単ですが、直線もコーナーもうまく走り、1周を通して速く走れるクルマであることが理想的です。しかし、そんなクルマを作るのは簡単ではありません。そうした意味でも、ポルシェは真のスポーツカーを作っているメーカーだと、はっきりと言うことができます。コーナリング、ブレーキング、加速のすべてをハイパフォーマンスで行なえるクルマだからです。

 どんな業界においても、メッカが存在します。例えば、サッカーならロンドンのウェンブリーの地に立つことが夢になったり、ゴルフでいえばマスターズに出場してオーガスタでプレーすることだったりします。それと同じように、ポルシェの最高のパフォーマンスを楽しめるメッカが、ラグナ・セカでコースを上ってから突然下るコークスクリューや、ニュルブルクリンクのカルーセルなのです。

藤島:私は以前、ケイマンSでニュルブルクリンクの北コースを走りましたが、激しい勾配やうねりを伴う過酷なコースで、抜群の操縦安定性をみせてくれたことに驚かされました。

キルシュ:20kmにおよぶ北コースでポルシェが7分切ることを考えれば、どんなスピードであるか想像していただけると思います。ポルシェ・エクスペリエンスセンター東京のコースを走るクルマについては、走行に適した安全を確認した車両をこちらでご用意させていただきます。

藤島:ポルシェの世界観に触れるという意味では、一般の皆さんが気軽に訪れることができる場所なのでしょうか。

キルシュ:一言で言うならば、ポルシェを愛する人にとってのディズニーランドみたいな場所です。2.1kmのコースでは、コーナリングを体感することもできますし、低ミュー路を用意してドリフトの運転操作を学び、走りを楽しんでいただくことが可能です。キックプレートモジュールでは、走っているとメカニカルなプレートがあり、その上を通過する際に、右に飛ばされるか、左に飛ばされるかと分からない状況になり、高速道路の事故を想定した運転操作をシミュレーションする場もあります。また、オフロードのトラックもありますので、スポーツカーのみならず、カイエンやマカンなどSUVでも気軽にポルシェの走りを体感していただけます。

 クルマを愛する人たちが日本だけでなく世界中から集まるのはもちろん、お子さんのお誕生日など、いろんなことに利用していただけます。お友達を誘って、クルマの安全にまつわるレクチャーを受けることも可能ですし、コースでスピードを活かした走りを楽しむこともできます。

ポルシェ・エクスペリエンスセンター東京

木更津の自然を守り、地域に貢献する。「ポルシェはよき企業市民でなければ」

藤島:施設が完成したら、私もぜひお伺いして体感させていただきたいと思います。木更津の地に決めた理由は、周辺の条件が整っていたからなのでしょうか。

キルシュ:ロケーションは大切です。ポルシェとしては大きな投資案件でもありますし、日本市場に対する決意を表明する意味でも、ポルシェの第二の家だと言える地を選ぶ必要がありました。

 第一に、私たちが考える体験施設を作れるだけの広さを持つ敷地があること。第二に、アクセスのしやすさ。木更津は空港や高速道路からアクセスしやすい点で決め手となりました。そして3つ目はビジネスパートナーです。千葉県や木更津市の皆さんには、プロフェッショナルな対応で温かく迎えていただき、非常によいパートナーになれそうだと思いました。先日も現地を視察してきましたが、この地にしてよかったと感じています。

藤島:自然環境に向けた配慮も行なっているそうですね。

キルシュ:ポルシェとしても、私個人としても、よい企業市民でなければならないと考えています。

 おかげさまで日本ではビジネスが成功していますが、社会に還元することが重要だと思っています。ポルシェ・エクスペリエンスセンター東京は美しい郊外の地に位置しているため、大自然に足を踏み入れるうえで、自然を大切にする配慮が必要です。このプロジェクトに関わるコミュニティや千葉県、木更津市、省庁などのステークホルダーには、その点が重要であると計画段階から共有しています。

 地域貢献としては、観光誘致や雇用の創出につながることを期待したいですし、オーガニックシティを掲げる木更津市にとっても、取り組みを進めることでそれぞれがWin-Winの関係になれるはずです。

 そうしたことがもとにあってこそ、訪れた皆さんに対して、忘れられない体験を提供できるのだと思います。「言うは易し」ですが、日々のオペレーションから取り組んでいくことを自然環境保護協定に反映し、千葉県、木更津市、ポルシェの3者で締結しました。

タイカンは「ポルシェのレガシーを未来に受け継ぐ存在」

藤島:こうしたビジネスモデルは、これまで意外とありませんでした。

キルシュ:まさに、そのとおりです。「ポルシェのブランドは日本市場において何か?」という話に戻りますが、ポルシェはフェルディナント・ポルシェという人物が作ったブランドで、創業当時と同様に、いまもファミリーで日々の業務を一緒に行なう感覚が企業DNAとして生きています。

ポルシェ タイカン

 ポルシェは将来にわたってレガシーを残していこうと考えていますが、新たに登場した「タイカン」は、単なる新モデルではありません。未来を考えたとき、ポルシェはこうあるべきだと深く考え抜いた結果、ポルシェのレガシーを将来にわたってサステナブルに持続させていくための存在だと考えています。タイカンはすべてにわたって、サステナビリティの思想が織り込まれているクルマです。生産工程からリサイクル可能な材料を使い、工場の運営、リサイクルされるところまで、カーボンニュートラルを実現していきます。しかし同時に、タイカンは真のスポーツカーであり、ポルシェのDNAを引き継いでいます。

藤島:共存という観点では、ポルシェ・エクスペリエンスセンター東京とタイカンが登場した背景は似ていますね。しかも、どちらも時を同じくしています。

キルシュ:どちらも哲学は同じです。「エクスペリエンス」と「未来に向けた目的意識」の2つです。タイカンに乗っていただいて、色んなことを体験してもらうこと。エクスペリエンスセンターは、環境に配慮した未来のコンセプトを導入して、ポルシェを体現する場を作るわけです。タイカンも未来のクルマに向けた目的意識を持っています。

 ポルシェファンが多い日本に、いつかはポルシェの第二の故郷を作りたいという夢を抱いていました。偶然にもタイカンが登場するタイミングが重なったため、この2つを合わせたコンセプトを考えることができました。

小さなアイディアがいつか大きく。「子供たちと一緒に夢を育てる」

藤島:夢といえば、ポルシェジャパンは、「Porsche. Dream Together」という取り組みを行なっています。子供たちが自分たちの「夢」を描くことにつながる有意義なプロジェクトですね。

キルシュ:実はこの取り組みも同じ話で、「未来のために何かを作って残す」という、ポルシェファミリーのDNAと関連しています。こうした活動をよき企業市民として行なっていきたい。美しいクルマを作り、美しいクルマを体験できる場所を建設すると、1つの絵ができあがるわけです。それが、社会に対する還元につながります。これは、30年ほどこの業界でいろんな役職を担ってきた私にとっても情熱を注いだプロジェクトです。

 ポルシェの「夢を作る」というアイディア、そして「ファミリーである」という考え方が合わさって、「Porsche. Dream Together」というコンセプトが生まれました。私は8年間アジアで暮らしてきたので、少しだけ日本の社会について見えるようになってきました。さまざまな社会現象があるなかで、日本は伝統を重んじる国です。しかし、それによって、若い人は未来にプレッシャーを感じ、そのストレスによって夢を忘れてしまっているようです。ある調査では、日本の若者の約40%が夢を持っていないという統計がありました。そういう実態を見ても、若者は今やらなければならないこと、期待されているものに対して応えなければならないというストレスを抱え、夢を持つことを忘れてしまっているのではないでしょうか。

 しかし、夢がなければ、イノベーションも未来も創出できません。時として、夢は社会的なステータスを持つことだと解釈されてしまうことさえあります。そうなれば、夢を持つことは所得に左右されてしまう。ステータスのあるお金持ちは何の不自由もなく夢を実現できて、お金のない人は夢を叶えられないということになってしまう。しかし、夢を持つことに資格はありません。夢を持つことに優劣はありません。私の夢にはインターンが抱く夢と同じだけの価値があります。5歳児だって、50歳だって、夢の価値は平等なのです。

 今回、「Porsche. Dream Together」では、日本の若い世代に夢を持つキッカケ作りをする活動を行なう「カタリバ」「ROCKET」という、2つのパートナーと手を携えることができました。どちらも、出身やステータスは関係なく、若者の夢を実現するという哲学に共鳴してくれているので、ささやかながら、一緒に社会貢献していけたらと考えています。

 小さな雪玉を転がして、大きな雪玉になっていくことを海外では「スノーボール効果」と呼びますが、「Porsche. Dream Together」では、それが実現できると思っています。小さなアイディアの種がディーラーにも拡がって、それぞれの管轄区において、彼らの解釈で展開してもらうことができるし、もしかしたら、お客さまも私たちの思想に共感して、社会貢献していってくださるかもしれません。そして、ポルシェジャパンのスタッフもそれぞれの社会のなかで参加することができます。そうやって、小さなアイディアから始まって、雪玉が転がって大きなムーヴメントになったらよいですね。アイディアというものは、いきなり大きなものを掲げればよいというわけではありません。まずは、小さなもので感触を確かめて、皆さんのご意見をもらいながら、徐々に大きくしていけたらと思っています。

 日本に来て驚いたのですが、本質的な意味でCSR活動を行なっている日本の企業はまだ少ないようです。私たちはマーケティングの一環として、形だけで社会貢献活動を行なうつもりはありません。本物の活動で汗をかきたいし、夢を実現する支援をしたい。こうした活動は、もしかしたら今後、本格的なCSR活動のベンチマークになるかもしれませんが、私たちはベンチマークになることが目的ではありません。ポルシェは小さな会社ですから、常に謙虚でなければなりません。

藤島:ポルシェの創始者は「自らが理想とするクルマを探したが、どこにも見つからなかった。だから、自分で作ることにした」という思いを持っていました。いまでは、世界中の人の心を動かすブランドになっています。子供たちにとって、今回のプロジェクトが大きな雪だるまになっていくことを願っています。

キルシュ:自動車業界にとって、モビリティの未来はどうあるべきか考えることも重要です。未来のクルマやサービスがどうあるべきか、考え方は自由でそれぞれのアイディアが存在します。私たちは次の世代の子供たちに何を残すべきかを考えなければなりません。ポルシェは常に目的意識をもって活動するブランドです。多くの皆さんに社会貢献活動にポルシェと一緒に参加すると言っていただけたら、それぞれのコミュニティに向けて、イノベーションや夢を実現していけると信じています。そうしたことに多くの人たちを巻き込むことができたら、その活動は本物だと思うのです。

 ポルシェが受け継いできた「夢」や「ファミリー」というDNAが、それぞれの活動を結び、未来を切り拓く鍵となっていく。ポルシェの哲学が多くの人たちに豊かな未来をもたらすキッカケとなっていくことに期待したい。

ミヒャエル・キルシュ

ポルシェジャパン株式会社 代表取締役社長。1965年ドイツ生まれ。ギーセン大学 国際ビジネス経済学部卒業。1990年にBMW本社に入社。本社セールス、ディーラー開発、マーケティング、広報などを歴任し、2009年以降アコーホスピタリティ ドイツ 広報責任者、ポルシェチャイナ 最高執行責任者、ポルシェコリア 社長を経て、2019年8月から現職。