井上孝司の「鉄道旅行のヒント」

停車時に一部の扉が開かない“ドアカット”とは? 開かないドアでパニックにならないために

東急大井町線では、九品仏駅で二子玉川方先頭の1号車がドアカットの対象になる

 路線バスでは「後乗り前降り」「前乗り中降り」などといった具合に、乗車に使用する扉と降車に使用する扉を使い分けることが多い。鉄道でも、以前に取り上げたようにワンマン運転ではそうしている。最前部の運転台にいる運転士が、運賃収受も行なわなければならないからだ。

 それ以外は大抵、複数の扉がすべて一斉に開閉して、どこからでも自由に乗降できるのが一般的だが、ときどき例外が発生する。いわゆるドアカットである。

ホーム長が足りないのでドアカット

 こうしたドアカットで何が困るかというと、「さあ降りよう」と思ったら扉が開かなくてパニック、という場面が起こり得ることだ。もちろん、駅の掲示や車内放送などで注意喚起はされるのだが。

 例えば、前回の記事で取り上げた、北ウェールズのスランヴァイルプール駅。ホーム長が短く、3両編成の列車が半分ぐらいハミ出してしまう。そこですべての側扉を一斉に開けたら、ホームがないところに転落する乗客が出てしまう。

 だから、乗務員に「スランヴァイルプールで降りたい」といったら「前の扉に来てくれ」といわれた。最前部の扉だけ、乗務員が手作業で開けて乗降させるためだ。

スランヴァイルプール駅(再掲)。3両編成の列車は、半分ぐらいがホームからハミ出して停車する

 このように、ホーム長が足りない関係で一部の扉が閉め切られる場面は、日本でも散見される。

 例えば東急大井町線の九品仏駅がそれで、列車は5両編成だが、ホーム長が4両分しかない。だから二子玉川方の先頭車は、この駅だけ扉が開かない。

 駅の前後を踏切に挟まれていて、ホームを延長したくてもできなかったため、こうなっている。他線では、ホーム延伸に際して支障する踏切の移設まで行なった事例もあるが、九品仏では線路と並行する道路がないのでムリだろう。

九品仏駅に停車中の各駅停車。左の5号車だけ扉が閉まったままなのが分かる。しかも踏切を塞いでいる
九品仏駅の二子玉川方は、このように踏切があるので、ホームを延伸しようとしても物理的に不可能。踏切の向こう側にあるプラットフォーム状の構造物は、車掌がホーム看視のために降りる際に使う
大井町方は駅舎と踏切があるので、これ以上のホーム延伸は不可能。なお、大井町線の急行は6両編成だが、急行は九品仏駅に停車しないので関係ない

 横須賀線の田浦駅でも、ホーム長が足りないためのドアカットが行なわれている。11両編成に対してホーム長が10両分しかないのだ。この駅は前後をトンネルに挟まれており、ホームを延伸するのが難しいため、こうなっている。

 そこで、久里浜に向かう下り列車は久里浜方の先頭1号車、横浜方面に向かう上り列車は横浜方の先頭11号車がドアカットの対象になる。

田浦駅。これは久里浜方で、トンネルの坑口までホームが伸びている様子が分かる。しかしこれでもまだ足りない
久里浜方先頭車の1号車では、田浦駅でホームがある側のドアに「田浦駅では開かない」との掲示がある。反対側はホームがないので、そちらのドアにはこうした掲示はない

 このほか、「増結するとホーム長が足りなくなるため、増結車だけドアカット」の事例もある。ただし近年ではめったに発生しないようだ。

ホームはあるけどドアカット

 ホーム長は全車両をカバーできる長さを確保しているにもかかわらず、ドアカットが発生することもある。

 それが、石北本線の特急「オホーツク」「大雪」。いずれも通常時は3両編成だが、繁忙期には4両または5両編成に増結されることがある。ところがその際に、途中停車駅でドアカットが発生する場合がある。その理由は車両とホームの兼ね合いにある。

「オホーツク」「大雪」の車両は2023年3月から、根室本線の特急「おおぞら」から転じてきた283系気動車に切り替わった。ところが283系は、その前に使われていた183系気動車と違い、出入台にステップがない。そのため、車両とホームの間の段差が大きくなってしまう。

 そこで283系の導入に際して、白滝、丸瀬布、遠軽、生田原、留辺蘂、美幌、女満別の各駅でホームの嵩上げが行なわれた。ただし3両分だけである。通常は3両編成だからこれでよいが、増結すると足りない。

 しかし、限られた期間の増結のために4~5両分の嵩上げ工事を行なう投資判断はできなかったのだろう。そのため増結が発生すると、途中停車駅で扉が開かない車両が発生することとなった。

 東武伊勢崎線(東武スカイツリーライン)の起点・浅草駅では、1・2番線でドアカットが行なわれている。これは、ホームの幅が狭いとか、急カーブで車体とホームの間に大きな隙間ができるとかいった理由。問題になるのはあとから延伸された部分なので、北千住方の端でドアカットが行なわれる。

283系の側扉にはステップがない。これはホームが高い札幌駅での撮影だが、それでもこれだけの段差がある。ホームが低ければ、さらに段差が大きくなってしまう
東武浅草駅のスペーシアX専用ホーム(5番線)で。奥の方が右手に急カーブしている様子が分かる。車体はまっすぐだから、ホームがカーブすれば必然的に隙間ができる

業務上の理由で(?)ドアカット

 特急列車や座席指定制の通勤ライナー列車などで、一部の扉だけを用いて乗降させる場面もある。乗車時あるいは降車時に、正しい特急券を所持しているかどうかを乗務員が確認するため、という理由が多いが、必ず検札を行なっているわけでもないようだ。

 例えば、東武伊勢崎線(東武スカイツリーライン)と東武日光線方面の特急は、途中の春日部、東武動物公園、久喜の各駅において、2・5号車の側扉のみを開閉している。

スペーシアXの車内案内表示。赤い「▲」「▼」で、一部の駅では2号車と5号車の側扉だけが開くことを示している
さらに、側扉の脇に「この扉は開きません」という表示灯がある。ドアカットが行なわれる駅では、2・5号車以外はこれが点灯する

 このほか、業務上の理由といえそうなものとして、可動式ホーム柵の開口と側扉の位置が合わないという理由でドアカットを行なう場面も出てきている。

ドアカットを事前に把握できないか

 前述した事情から、ドアカットでは編成の端に位置する車両が対象になる場合が多い。すると、先頭車を避ければドアカットに遭遇する可能性も下がる理屈となる。ところが、検札など業務上の理由による場合には、その限りではないのが難しい。

 といって、何か列車に乗るたびに「ドアカットをしていないだろうか」と調べるのも骨が折れる話であるし、その手間をかけなければならないほどにドアカットの事例が多いわけでもない。結局のところ、「車内の案内表示や放送に注意して」という月並みな話になってしまう。

イギリスで遭遇した、もうひとつのドアカット。ニュートン=ル=ウィローズ駅で、5両編成のうち最後尾の1等車がドアカットの対象になっている