井上孝司の「鉄道旅行のヒント」

大都市近郊区間と途中下車の関係

宗谷本線の旭川~和寒間を対象とする乗車券。運賃計算用の営業キロは39.9kmで100kmに満たず、途中下車はできない。券面に「下車前途無効」とあるが、これは「途中下車できません」の意

 前々回、「途中下車」制度の話を取り上げた。基本的には、距離(営業キロ)が101kmを越える紙の普通乗車券で利用できる制度だが、実は使えない場面がいくつかある。そのなかでも影響が大きいのが、「大都市近郊区間」だろう。

大都市近郊区間とは

 JRグループでは2023年6月現在、「東京近郊区間」「新潟近郊区間」「仙台近郊区間」「大阪近郊区間」「福岡近郊区間」と5エリアの大都市近郊区間が定められている。この大都市近郊区間内における乗車券の扱いには、以下のような特徴がある。

1. 大都市近郊区間内のみを普通乗車券で利用する場合、実際の乗車経路にかかわらず、もっとも安くなる経路で計算した運賃となる。
2. 重複しない限り乗車経路は自由に選べるが、途中下車はできない。
3. 片道乗車券の有効期間は、距離にかかわらず当日限り。

「1.」を利用したのが、おなじみ「大回り乗車」。隣の駅まで行くのに、経路を重複させずにぐるっと大回りしても、最短距離で運賃が計算される。ただし「2.」の定めにより途中下車はできないから、途中で改札から出ることはできない。最初から最後までラチ内に缶詰である。

 ほかの4エリアはそれほど規模が大きくないからいいとして、問題は「東京近郊区間」と「大阪近郊区間」。どんどんエリアが拡大されて、「えっ、そんなところまで」と驚くような駅が近郊区間の終端になっている。ことに東京近郊区間の場合、東北本線(宇都宮線)の黒磯はまだしも、常磐線の浪江、篠ノ井線の松本、上越線の水上になると「どこが東京“近郊”なの?」という話になる。

 その結果として、特急「ひたち」「ときわ」で東京~水戸、あるいは特急「あずさ」で新宿~塩尻あるいは松本、極端な話では「ひたち」「ときわ」と「あずさ」をつないで在来線経由の水戸~東京~新宿~松本。みんな「東京近郊区間内」となり、途中下車がきかない。それどころか、その日のうちに移動しないと乗車券が期限切れになる。

 ちなみに、東京~浪江間の営業キロは274.4km、新宿~松本間の営業キロは225.1kmある。274.4kmというと、東海道本線なら東京から浜松より先まで行ってしまう距離だ。

特急「あずさ」の運転区間は、全区間が東京近郊区間内に収まっている
塩尻駅。ここもレッキとした「東京近郊区間内の駅」である。かつては違ったのだが

大都市近郊区間から1駅はみ出せば途中下車可能に

 先の規定は「大都市近郊区間内“のみ”を普通乗車券で利用する場合」に適用されるから、乗車券の区間が大都市近郊区間からはみ出せば適用対象外となる。例え1駅でも。

 すると、利用する区間の一端が東京近郊区間の端にある駅なら、現実的な逃げ道(?)が成立し得る。例えば中央本線で松本まで行く場合。松本から大糸線で1駅先、北松本までの乗車券にすると「東京近郊区間内のみ」ではなくなる。そして、松本~北松本間を延長しても0.8kmしか増えない。

 東京~松本間の営業キロは235.4kmだから、0.8km足しても236.2km。新宿~松本間なら0.8km足しても225.9km。221~240kmの区間の運賃は4070円で、どちらもこの範囲内。同一運賃のままで、途中下車可能、かつ有効期限が延びた乗車券を生み出せるわけだ。

目的地あるいは発地が東京近郊区間の端にある場合、そこから1駅はみ出すことで、途中下車可能な乗車券ができる

 ただし、2025年春に大糸線の松本~穂高間と篠ノ井線の松本以北がSuicaエリアに加わる予定で、しかも「首都圏エリアの駅として追加する」という。これが実現すると、東京から穂高までSuicaで行けることになる。ただし、それに併せて東京近郊区間が拡大されて、隣の北松本まで延長する手が効かなくなる可能性が考えられる。

別々に買うのと、どちらが得か

 そこで、東京近郊区間が穂高まで伸びるという想定で、算数をやってみる。仮に「松本まで行く途中に、甲府で途中下車したい」という状況を設定する。理由は……「ほうとうを食べたい」ということにしておこう。

 東京~甲府間の営業キロは134.1km、新宿~甲府間の営業キロは123.8kmで、運賃はどちらも121~140kmの範囲内、2310円。次に、甲府~松本間の営業キロは111.6kmで、運賃は1980円。合計すると4290円。東京~松本間を通す乗車券と比べると、220円のアップとなる。

 では、穂高より1駅先の有明まで、通しで乗車券を買うとどうなるか。東京~有明間の運賃計算用営業キロは255.6km、新宿~有明間の運賃計算用営業キロは245.3kmだから、運賃はどちらも241~260kmの範囲内、4510円。さすがに、乗らずに捨てる分が多くなり過ぎて、意味がない。乗車券を分割して220円のアップなら、許容範囲ではないだろうか。

 途中下車の利用を考える場合に限らず、こんな具合に運賃を計算して比較検討してみる必要がある場面は少なくない。すると、運賃計算の方法を知っておいた方がよいという話になるが、過去の歴史的経緯もあり、なかなか複雑な話。どう取り上げようかと悩むところだ。

 もっとも、単に運賃がいくらになるかを知りたいだけなら、乗換案内サイトを利用すれば用は足りる。知りたいのは運賃であって列車の乗り継ぎではないから、発着時刻は適当に指定しても構わない。

経路に新幹線を含める方法もある

 なお、区間の両端が大都市近郊区間内に収まっていても、紙の普通乗車券で新幹線を含む100km超の経路を設定すると、「大都市近郊区間のみ」の乗車券ではなくなる。対象となる新幹線の区間は、以下のように指定されている。

東京近郊区間: 東京~熱海、東京~那須塩原、東京~高崎
大阪近郊区間: 新大阪~西明石
新潟近郊区間: 長岡~新潟
仙台近郊区間: 郡山~一ノ関、福島~新庄(山形新幹線)
福岡近郊区間: 小倉~博多

新幹線を経路に組み込むことで、大都市近郊区間「のみ」にならない乗車券になる場合がある。ただし無条件ではなく、旅客営業規則第70条の定めに従う必要がある

 例えば、東京から水上まで行くには、新幹線で高崎まで行って、そこで在来線に乗り換えるのが常道だろう。これは新幹線を含むから、「東京近郊区間内のみ」の乗車券にはならない。

 また、常磐線の沿線から東京都内を通り抜けて松本に向かうときに、上野から北陸新幹線で長野に出て篠ノ井線に乗り換える場合も同様だ。ちなみに、「えきねっと」で「水戸→松本」の経路検索をかけたら、この北陸新幹線経由ルートが提示された。新幹線とはチートな速さを持つものだと実感する。

東京から水上に向かうときに、高崎まで新幹線を利用すると、「東京近郊区間内のみ」ではなくなる
水戸から松本に向かうときに、中央本線を使うと全区間が「東京近郊区間内のみ」となるが、北陸新幹線で長野を経由すると「東京近郊区間内のみ」ではなくなる。もっともこの場合、経路がいったん「東京近郊区間」の範囲外に出るのだから当然ではある