荒木麻美のパリ生活

近代建築の巨匠ル・コルビュジエ、進化し続けた先進的建築思想に触れる

 世界三大建築家の一人といわれるル・コルビュジエは、1887年にスイスで生まれ、主にフランスで活躍しました。これまでもパリ郊外にあるサヴォア邸や、14区の大学都市内にある建物などを見たことがありますが、今回はパリ市内とマルセイユにある建物について書きたいと思います。すべて世界文化遺産に登録されています。

パリの16区にはラ・ロッシュ・ジャンヌレ邸と、コルビュジエのアパート兼アトリエがあります。ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸は、銀行家であり美術コレクターのラウル・ラ・ロッシュと、コルビュジエの兄であり音楽家のアルベール・ジャンヌレと、ジャンヌレの家族のために設計した邸宅の二世帯で一棟となっています。

ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸

 1923年から1925年にかけて建てられたラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸は、ル・コルビュジエが「建築の5原則」(1階部分を空洞にするピロティ、水平連続窓、屋上庭園、自由な平面、自由な立面)を、1927年に発表する前に実験した場です。

 ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸のうち、ジャンヌレ邸はル・コルビュジエ財団の事務所となっているため、ラ・ロッシュ邸側のみを見学できます。建築を学んでいるらしい若い日本人をたくさん見かけましたが、近代建築にとって深い意味がある場所として、とても熱心に細かいところまで観察をしていました。

 私も窓から見える外の景色と、ラ・ロッシュが収集した美術品、コルビュジエがデザインした家具・描いた絵と一緒に、コルビュジエが「建築的散歩道」といった建物を、まさに散歩をするような気持ちでゆったりと楽しみました。

ラ・ロッシュ邸

 次に向かったコルビュジエのアパート兼アトリエは、最上階の8階と9階を使ったデュプレックスで、240m2ほどの広さです。セントラル・ヒーティング、洗濯機、乾燥機など、当時としては最新の設備が入っています。開放的で明るくシンプルな室内には、ちょっとしたところに飾り棚があり、コルビュジェならではの色使いがアクセントになっています。機能的な収納やキッチン、広々とした屋上庭園もあり、とても住みやすそう。

 コルビュジエはアパートの完成した1934年から、亡くなるまでの約30年間をここで暮らしたそうですから、とても気に入っていたのでしょうね。ラ・ロッシュ邸もすてきなのですが、こちらはコルビュジェの我が家に対する愛をより強く感じ、「ここに住みたい!」「これ欲しい!」を脳内で連発していました。

アトリエとして使っていたスペースには、コルビジェが制作をしているときの様子を写した写真が飾られていました

 昨夏にマルセイユに行った話を書きましたが、実はマルセイユで一番行きたかったのはコルビジェのシテ・ラディユーズでした。1952年に完成したのですが、建物全体を通して一つの町という、当時のコルビジェが理想とした集合住宅です。シテ・ラディユーズはパリのシテ建築遺産博物館に原寸大の模型として入っているのですが、マルセイユで実物を見られて大満足でした。

パリのシテ建築遺産博物館にあるシテ・ラディユーズの模型と原寸大模型

 シテ・ラディユーズの一部はいつでも見学可能なのですが、私はアパートのなかを見たかったので、ガイド付きツアーを申し込みました。ガイドさんの説明によると、大幅に遅れてやっと完成したシテ・ラディユーズは、周辺には何もなかったため、まったく人気がなかったとか。今ではもちろん人気があり、不動産会社に出ることもありますが、知り合いやアパート内の掲示板を通して売買されることが多いようです。

シテ・ラディユーズ

 価格は部屋の価格に加えて、世界文化遺産となった建物全体のメンテナンス、卓球室、映写室、図書室、プールなどの維持のため、管理費がかなりかかるのですが、ここだからよいと思う人たちが暮らしているのでしょうね。現在は337戸に1000人ほどが暮らしています。シテ・ラディユーズ内には住民が運営するホテルのほか、数軒が民泊になっているので、泊まってみたい方はそちらにどうぞ。

 シテ・ラディユーズ内には保育園、共有畑、ショップ、ギャラリー、オフィスが入っていますが、昔はたくさん入っていたという飲食系は、今ではホテルのカフェと、パティスリーが1軒だけ残っています。そしてこのパティスリーのタルトは絶品でした!

 シテ・ラディユーズは実物を見ても部屋そのものはすてきだなと思うのですが、「団地」として全体で見ると、個人宅と違ってあまりに画一的過ぎて私は住みたいとは思えません。でも博物館の展示とは違い、当時のコルビュジエにとっての理想の都市がどういうものだったのか、そこで現在、実際に人びとがどのように暮らしているのかを見られる貴重な体験でした。これからも機会があればコルビュジエの建物を見ていきたいと思います。

荒木麻美

東京での出版社勤務などを経て、2003年よりパリ在住。2011年にNaturopathie(自然療法)の専門学校に入学、2015年に卒業。パリでNaturopathe(自然療法士)として働いています。Webサイトはhttp://mami.naturo.free.fr/