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Gogoの高速機内インターネット「2Ku」のテスト飛行に乗ってきた(前編)

日本トランスオーシャン航空も導入を決めた「2Ku」の仕組み

 最近、飛行機に乗った時に雲のマークに“Gogo”と書いてあるロゴを見かけることが増えていないだろうか? これは正式には「Gogo Inflight Internet」と呼ばれる飛行機の機内でのインターネットサービスで、アメリカ・イリノイ州シカゴに本社があるGogo, Incが運営している。

 Gogoは、米国国内を飛ぶ国内線向けには地上に基地局を設けて通信する方式を主に採用し、国際線には衛星を利用した方式を採用して機内インターネットサービスを提供しているが、2016年初頭から「2Ku」という新しいアンテナを導入することで、現在よりも捕捉できる衛星の数を増やし、通信速度を倍にする計画を進めている。この2Kuのアンテナを搭載した試験機のテストフライトに参加する機会を得たので、その模様をお伝えしていきたい。

飛行機でもインターネットを使える機内インターネットサービス

 GoGoが世界中で提供する「Gogo Inflight Internet」は、飛行機の機上で利用できる機内インターネットサービスだ。現在、多くの国では着陸後の地上走行時、搭乗後のドアが閉まるまでを例外として、基本的に携帯電話回線(ここでいう携帯電話回線とは、LTE、3G、2G、WiMAXなどの無線電波を利用して通信する回線のことを意味する)の電波を出す小型電子機器を利用することを禁止している。これは、携帯電話の電波が、飛行機の計器に対して影響を及ぼす可能性があるのではないかという懸念があるためで、乗客は搭乗後、ドアが閉まったあと、「機内(フライト)モード」などと呼ばれる携帯電話回線の電波をオフにするモードにすることを要求されている。このため、(国によってルールは異なるが)着陸して飛行機が地上走行を始めるまで、携帯電話回線を利用してインターネットへ接続することはできない。

 しかし、いまやインターネットは、電話よりも重要な社会インフラになりつつある。スマートフォンの普及が進んだこともあり、いわゆる電話(通話)よりも「LINE」や「Facebook Messenger」のようなインスタント・メッセンジャー(IM)を利用したチャットや、電子メールで連絡をとる人が増えている。従って、飛行機の機内であってもインターネットを使いたいというニーズは強くなっている。

 あるいはビジネスユーザーであれば、例えば経営者が国際線に乗っている間に、なんらかの問題が発生して迅速な判断が必要ということが発生した場合、以前であれば日本から米国へ約10時間の飛行中は連絡がとれないということになっていただろう。しかし、機内インターネットが利用できれば、電子メールやIMを受信できるため、そうした緊急時にも対処できる可能性は高くなる。また、筆者のように記事を書く仕事の場合、以前は長距離フライト中はインターネットで検索して調べることができないなど、仕事の効率が上がらないことも少なくなかった。

 そうしたユーザーにとっては、機内でインターネットを使えるというのは、(飛行機に乗ってる間も仕事をしないといけないのかという議論は、価値観の問題なのでひとまず置いておくとして)非常に便利だということについては論をまたないだろう。

 現在Gogoなどが提供している機内インターネットサービスは、飛行機が巡航高度に達するとサービスが開始され、地上のアンテナまたは衛星を利用して無線通信が行なわれ、インターネットを利用することができる。多くの場合は有料のサービスになっており、乗客がクレジットカードなどで決済することで利用可能になる。

 日本ではJAL(日本航空)がGogoのソリューションを利用して国内線でサービスを提供している。米国では、デルタ航空の国際線の一部のほか、国内線ではデルタ航空のほか、アメリカン航空、ユナイテッド航空、アラスカ航空などの多くで利用可能になっており、対応するフライトが増える一方だ。

デルタ航空の国際線機内からGogoの機内インターネットサービスを利用している様子。スマートフォンやPCを利用して機内からWi-Fi経由でインターネットにアクセスできる
機内インターネットのサービスがある機材には、サービスを利用するための説明書が用意されている
機材によっては前方のギャレーなどにこのように機内インターネットを搭載していることを示すWi-Fiのマークがある
デルタ航空の米国内線機材では、機内インターネットを利用できるかどうかを示すランプもある。青く光っている時は利用可能。基本的には巡航高度に達してから利用することができる

160人体制のエンドユーザーサポートセンターを本社内に設置、日本語でも対応

Gogo, Inc CEO マイケル・スモール氏

 Gogoの商用サービスは、2008年から開始され、すでに7年が経過している。同社がアナリストや投資家向けに発表している資料によればビジネスは順調に成長しており、2015年の6月の時点で、機内インターネットサービスを搭載している飛行機のうち51%が同社のシステムに基づいているとしている。

 Gogo, Inc CEOのマイケル・スモール氏によれば「我々はシステムインテグレータとしてのビジネスを行なっている。航空会社に対してはソリューションとしての提案を行なっており、我々が運営し売り上げを分け合うことも、航空会社が運営して航空会社のビジネスとして展開することもどちらも可能だ」とのことで、柔軟なビジネスモデルが航空会社に受け入れられている要因だとした。

 実際、Gogoは航空会社に対して、そしてエンドユーザーとなる乗客に対しても手厚いサポートを提供している。例えば、エンドユーザーサポートに関しては、同社の本社にコールセンターやチャット対応を行なう要員を配置しており、合計で160人のスタッフが24時間365日、世界中を飛び続けているフライトをカバーしている。特に、飛行機内からは電話の通話ができないことを鑑み、チャットでの対応に力を入れているという。しかも、その言語は英語だけでなく、日本語やフランス語、スペイン語などにも対応。今後ポルトガル語にも対応予定だという。実は筆者も日米を往復する際に時折Gogoのインターネットサービスを利用しているが、以前、購入したチケットが使えなかったことからチャットでサポートを受けたことがある。それにより問題が解決し、無事に使うことができた。

Gogoのエンドユーザーサポート体制
チャットなどのサポートにより、年々サポート利用する割合は減っていっているという
ユーザーからのフィードバックを元に、問題が発生するとそれを全社で共有して問題を解決していく

 そうしたサポートと同時に、グローバルネットワークオペレーションセンターでは世界中を飛んでいる飛行機のネットワークの状況を確認できるようになっている。ここでは、Gogoの機材を搭載している飛行機が今どこを飛んでいるのかなどをグラフィックスで確認したり、その飛行機のネットワークの使用状況、電波状況などをチェックできる。例えば、なんらかの異常(機材のトラブルだったり、異常に帯域が占有されていたりなど)を検知して、状況を詳しくモニタリングすることなどが可能だという。

 また、後述する「ATG」アンテナで利用されている地上の基地局の状況に関しては、カメラを利用して、周囲の状況も含めてモニタリングしており、何か問題があれば、すぐに駆けつけて問題を修正する体制を整えているということだった。なお、同社のネットワークに関しては基本的に自社のデータセンターを活用しつつ、Amazonが提供しているAWS(Amazon Web Services)のデータセンターも利用しているそうだ。

 本社内には、飛行機に搭載する機材の動作検証などを行なうラボがあり、各種のソフトウェアの開発などが行なわれている。スモールCEOの言葉のどおり、Gogoはシステムインテグレータであって、機器のハードウェアを開発している企業ではない。基本アンテナや、そのほかのハードウェアは外部のベンダーから調達してきている。しかし、それらを組み合わせて、航空機に乗せるのに最適な組み合わせ、それらを組み合わせて利用する場合のソフトウェア開発などをラボで行なっているのだ。

 スモールCEOは「弊社の特色はそうした開発を元に、飛行機へのインストールを非常に短い期間でやれることだ。実際わずか数日で対応が可能になっている。航空会社にとって飛行機を機材換装のために格納庫に入れっぱなしにしておくことは、大きなロスとなる」と述べ、そうしたことも航空会社に受け入れられて、採用が進んでいる理由であると説明した。

Gogo本社内に設置されている研究開発ラボ。筆者が訪れた時はアンテナのシミュレーション試験が行なわれていた
Wi-Fi機器などの試験をする必要があるため電波暗室(電波を外に漏らさずテストできる部屋のこと)も備えられている
Gogoの本社内に設置されているグローバルネットワークオペレーションセンター。世界中のGogo搭載フライトの状況が把握できる。24時間365日監視している
米国国内線を飛んでいるGogoの機内インターネット搭載の飛行機の現状、問題があれば赤く表示される
こちらは衛星を利用したGogoの機内インターネット搭載飛行機の状況
米国内にある基地局の状況やデータセンターの状況もモニタリングされている
決済といったビジネスの状況もオペレーションセンターでモニタリングされている

ATG、ATG4、Kuと進化してきたGogoのアンテナ技術

 こうしたGogoの機内インターネットサービスだが、現在Gogoは大きく分けて2種類のアンテナを利用して、機内インターネットサービスを行なっている。それが「ATG(Air-To-Ground)」と、「Ku(K-under)」の2つだ。前者が地上にアンテナがあり機体下部などに取り付けられたアンテナを利用して通信するのに対して、後者は通信衛星と機体上部に取り付けられたアンテナを利用して通信する。

アンテナATGATG4Ku2Ku
基地局地上地上衛星衛星
通信速度(※)3.1Mbps9.8Mbps30Mbps70Mbps
周波数帯3GHz3GHz12~18GHz
(Kuバンド)
12~18GHz
(Kuバンド)
※飛行機全体の理論値最大、下りの速度

ATG

ATGのアンテナ

 ATGは3GHz帯の電波を利用したアンテナで、携帯電話の通信方式を応用し、飛行機全体で3.1Mbps(下り)での通信が可能になる。飛行機の下部などに取り付けられたアンテナと、地上に設置されている基地局間で通信を行ない、機内インターネットサービスを提供する。

 Gogoは、このATGの基地局を全米の百数十カ所に設置しており、現在では(離島や飛び地などを除き)ほぼ全米をカバーしている。このATGベースのシステムは、デルタ航空、アメリカン航空、ユナイテッド航空、アラスカ航空、ヴァージン・アメリカなどが採用しており、米国の国内線で利用できる。

ATG4

機内に搭載されるネットワーク機器、アンテナと接続してインターネットアクセスを行なうほか、エンドユーザーのWi-Fiルーターともなる。ATG4のアンテナはATGと同じ形状

 ATG4は、ATGの上位互換の方式で、飛行機全体で最大9.8Mbps(下り)で通信できる。同じく飛行機の下側に取り付けられたアンテナで、地上に設置されている基地局と通信している。

 ATGとの下位互換性が確保されていることが特徴で、基地局、アンテナのどちらもATGと組み合わせて利用することができる。また、アンテナのアップグレードも容易で、基本的にATG4のアンテナに低コストで置き換えることが可能になっている。もちろんGogo側は、地上側の基地局をアップグレードする必要はある。米国ではデルタ航空、アメリカン航空などが導入済みで、米国の国内線で利用できる。

Ku

Kuアンテナは可動部があり、これによって向きを変えて衛星を捕捉する

 ATG/ATG4が地上のアンテナを利用する通信方式であるのに対して、Kuは宇宙に打ち上げられている通信衛星を利用して通信する。ATG/ATG4が基地局のある米国本土でしか利用できないのに対して、Kuは地球を取り巻くように打ち上げられている通信衛星からの電波を受信できるところであれば、どこでも受信することができるので、公海上や米国外の大陸などを含めて通信することができる。ATG/ATG4に比べて通信速度が上がっていることも特徴で、飛行機全体で最大30Mbps(下り)で通信できる。

 Kuの名前の由来は、Kuバンドという12~18GHzの通信衛星用の電波帯域を利用することに由来している。ちなみに、Kuとは、K-underの略称で、20~40GHzのKバンドよりも下の帯域という意味だ。Gogoが利用している通信衛星は、SESやintelsatといった民間企業が運営している通信衛星で、Gogoはそれらの企業と契約して衛星回線を利用できるようにしている。

 GogoのKuアンテナは、アンテナ部分に可動部分を持っており、それが動くことで、最適な衛星からの電波を掴むようにするという仕組みが採用されている。このため、縦方向の厚みがやや必要になっているほか、可動部分のためにメンテナンスが必要になることが弱点とされている。

 Kuは、JALの国内線、成田空港などの国内発着便を含む、デルタ航空の国際線の一部路線に採用されている。

2つのKuアンテナだから「2Ku」。70Mbpsの通信速度を実現し、将来は100Mbpsに

「2Ku」のアンテナ

 ATG、ATG4、Kuに続いて、Gogoが新しく導入するのが「2Ku」だ。2Kuとは、シンプルに言ってしまえば、“2つのKuアンテナ”という意味で、実際にアンテナを見ても、2つの衛星アンテナが導入されていることが分かる。2つのアンテナはそれぞれ送信用、受信用となっており、それぞれが通信衛星を捕捉して通信を行なう。

 2Kuの特徴は、アンテナを2倍にしたことにより、通信速度が大幅に向上していることだ。従来のKuアンテナが送信と受信で1つのアンテナを分け合っていた。つまり送信1/2、受信1/2として使われていたことになるが、2Kuではそれぞれ送信1、受信1としてフルに利用できるため、送受信のキャパシティはそれぞれ倍になるのだ。これにより、2Kuの通信速度は飛行機全体で70Mbps(下り)になっており、Kuの30Mbps(下り)の倍以上となっている(ちなみに単純に倍ではないのは、通信の効率が向上しているためだとのこと)。

 2Kuのメリットはそれだけでない。2Kuではアンテナが平置きされるようになったため、アンテナの高さ方向が減っている。Kuのアンテナは可動部分があったため、その分の高さが必要になっていた。しかし、2Kuではアンテナが平置きになったので、アンテナ全体の高さは約半分(13インチから6.7インチ)になっているという。

 飛行機は巡航高度で高速に飛ぶため、空力を考慮した設計になっている。高さのあるものを取り付けると、その部分が空力の面で悪影響を及ぼし、よりエンジンの推進力を利用する必要が生じて燃費が悪化する可能性がある。2Kuではアンテナが低くなることで空力への影響がより小さくなり、燃費の改善も期待できる。

 もう1つのメリットは、捕捉できる衛星の数が飛躍的に増えるため、使えるエリアが増えることだ。スモールCEOは、「競合が利用しているKaアンテナでは最大で2~5個程度しかカバーできないが、我々の2Kuでは最大で180までの衛星をカバーできる。これにより、地球上を飛んでいる飛行機のフライト時間の98%をカバーできる」と、そのメリットを説明する。

 実際、現状のKuでも太平洋路線などで利用していると、所々で衛星を捕捉できず使えない時間ができてしまう。Gogoは現在のKuがどの程度のフライト時間をカバーしているのかを明らかにしていないが、2Kuで98%に向上するとすれば、わずかな例外(2%)を除き、フライト中のほとんどの時間でインターネットを利用できるようになる。

Kuの状況、8つの航空会社で採用が決まっている。2016年から本格稼働
2Kuのアンテナは、競合他社が利用しているKaアンテナに比べて捕捉できるアンテナ数が多い
2Kuのインストールの様子
2Kuはフライト時間の98%をカバーすることができる

 Gogoによれば、2Kuアンテナはデルタ航空、JTA(日本トランスオーシャン航空)、ヴァージン・アトランティック航空、アエロメヒコ航空、エア・カナダ、ユナイテッド航空、ゴル航空など8つの航空会社で採用が決まっており、特にアエロメヒコ航空に関しては年内にテスト飛行を行ない、2016年の初頭には商用サービスを開始する予定とのこと。また、国内のJTAも2016年に2Kuに対応するボーイング 737-800型機の導入を決めている。

 Gogoはさらに2Kuの通信速度を引き上げる計画を持っている。現在はまだ従来タイプの通信衛星を利用しているが、将来的にスポットビーム通信という通信方式に対応した通信衛星が利用可能になれば、現在の2Kuで70Mbpsとなっている通信速度を、100Mbpsまで引き上げられる。すでに現在の2Kuアンテナは、スポットビーム通信をサポートしており、通信衛星側の準備が整い次第利用できるようにするのが現在のGogoの計画だとスモールCEOは説明した。

2Kuは当初は70Mbpsだが、将来的には衛星側の対応で100Mbpsを実現する予定
Gogoと競合他社との比較
2Kuアンテナのサンプル。2つのアンテナがあり、それぞれ送信と受信に利用される

 さて、前編ではGogoの機内インターネットサービスの概要とアンテナ技術について解説をした。後編では実際にGogoのテストフライトに乗ってきた模様などをお届けしていきたい。