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電車はなぜ豪雨で止まる? 線路を支える路盤と雨水の関係
2024年9月3日 06:00
2024年8月下旬に、台風10号が日本本土に接近・上陸した。この台風は勢力が強いだけでなく移動速度がきわめて遅かったため、長期にわたる降雨を引き起こした。その結果、各地で鉄道の運行見合わせが発生した。これに限らず、降雨に起因する運行見合わせや施設への被害は、いろいろ発生している。
大雨が降って土砂崩れや土石流が発生するのは分かりやすいが、鉄道の安全運行にはそのほかの要因も関わってくる。そこで、降雨による規制がかかる理由を中心に、雨による影響についてまとめた。
鉄道の土木構造物いろいろ
ここでいう土木構造物とは、レールを設置するための土台として造られる、さまざまな構造物を指す。平らな地べたの上にレールを設置するだけとは限らず、トンネル、橋梁、高架橋、築堤(盛土)といった具合に、さまざまな構造物がある。地形の起伏や河川、湿地などを克服しなければならないからだ。
実は平らな地べたの場合でも、まず「路盤」を構築する作業が行なわれている。上にレールや枕木やバラストが載って、そこを列車が走るのだから、相応に大きな荷重がかかる。まず、それに耐えられる強固な土台を造らなければならず、それが路盤である。
このうち、降雨による影響を受けるのは主として、土の路盤と築堤である。建設時期が新しい鉄道では、路盤を構築した上にアスファルト舗装を施したり、コンクリートで固めたりしている場合もあるが、すべてがそうなっているわけではない。
いくら土を締め固めても、多量の雨が降れば緩んでくるし、最悪の場合には崩壊する危険性がある。そのため事故を未然に防ぐ観点から、降雨による規制がかかる。その指標については、過去に経験した災害の事例を参考にしながら、適宜、見直しが図られてきている。実際に降っている雨の状況は、沿線の要所要所に設置されている雨量計を用いて把握する仕組みになっている。
そこで注意が必要なのは、単に雨が激しく降っている(=時雨量が多い)だけの問題ではすまないこと。降雨災害は、地盤にしみ込んだ雨水によって引き起こされることが多いから、「いまどれだけ降っているか」だけでなく、「トータルでどれだけ降ったか」も問題になる。
時雨量、あるいは累計の雨量と排水能力のバランスが取れていれば、自然に、あるいは(もしあれば)路盤に組み込まれた排水装置を通じて雨水は出ていってくれる。ところが、雨量が多くなると話は違ってくる。やっかいなことに、路盤の地形・地質や土質条件によって水はけのよしあしは異なるので、条件は一様ではない。
なお、コンクリート高架橋は当然ながら、構造そのものの内部に水が染み込むことはないので、多量の降雨によって路盤が緩むようなことは起こらない。
散水消雪と路盤の関係
実は、東海道新幹線において、東北・上越・北陸新幹線のような散水消雪が行なえない理由も、こうした話と関わりがある。建設時期が旧い東海道新幹線では、コンクリート高架橋ではなく築堤が用いられている区間が多く、これは前述した理由から雨の影響を受けやすい。その分だけ、降雨への対処は厳しいものにならざるを得ない。
そして、散水消雪を行なうということは、言ってみれば人工的に多量の雨を降らせるのと同じである。すると、散水消雪もまた、路盤が緩む原因を作ってしまう。そのため、雪を溶かしてしまえるほどに多量の散水を行なうことはできず、濡れ雪化して舞い上がりを抑制する程度の量にとどめざるを得ない。
ときどき「バラスト軌道だから……」という人がいるが、主として問題になるのは、実はその下にある路盤の方だ。東北新幹線や上越新幹線では、バラスト軌道で散水消雪を実施している部位があるが、バラストの下はコンクリートの高架橋だ。だから、排水さえきちんとできれば散水消雪を使えるのである。
路盤以外のところでも降雨の影響がある
ここまでは路盤の話だったが、それ以外のところでも降雨の影響を受ける場面がある。例えば、線路の脇やトンネル坑口付近にある斜面で、降雨によって崩落が発生すれば、それが線路を埋めてしまう可能性がある。鉄道だけでなく、道路でも同じようなことが起きる。
斜面をコンクリートで固めてしまえば、こうした問題は緩和できるが、あらゆる場所でそれができるとは限らない。
また、線路の近くにある樹木が倒れかかってきて、線路をふさいだり、架線やそのほかの電車線設備を壊してしまったり、といった被害が起きることもある。
JR九州の豊肥本線では、雨水と土砂が大量にトンネル内に流入して路盤を削り取っただけでなく、それによって浮き上がった枕木とレールをトンネルの外まで押し出す被害が発生したことがある。もちろん、トンネル内には排水溝があるが、それとて能力的な限界はある。
近年では北陸新幹線の長野新幹線車両センター、古くは関西本線の王寺駅みたいに、車両基地や留置線が冠水して車両が使用不可能になる事態が発生することもある。車両は待避させることができても、構内の分岐器(いわゆるポイント)を切り替える装置、すなわち転轍機が冠水でダメになることもある。
豪雨による地下水位の上昇でコンクリート擁壁が押し上げられて、それによってできた亀裂から地下水が流入して駅が冠水した、武蔵野線の新小平駅みたいな事例もある。
このほか、河川に架けた橋梁が壊されることもある。橋脚が押し流された結果として橋梁が壊された、東海道本線富士川橋梁下り線(1982年に発生)の事例、近年では只見線で多数の橋梁が壊された事例がある。
このように、降雨に起因する被害が起こり得る部位はいろいろある。建設時期が新しい路線は相応の対策がなされているが、日本の鉄道のなかには明治・大正時代に作られた構造物がそのまま使われているところも多い。そうした旧い構造物は、災害に対して弱くなりがちである。
そこで乗客の生命を危険にさらさないことを第一に考えれば、規制をかけて運行を見合わせざるを得ないのが実情なのだ。ムリに運行を続けて事故を起こしたのでは元も子もない。