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鉄道車両の徹底メンテ・大規模検修ってなんだ? 新しくなったJR東海 名古屋工場を見てきた

2022年5月25日 公開

名古屋工場で検修を受けている車両。車体側については、同じ場所で電車と気動車の両方を扱っている

 JR東海は5月25日、名古屋工場の報道公開を実施した。ここは、東海鉄道事業本部の下にある在来線・各線で使われている車両を対象として、大規模検査を実施するための施設だ。国鉄時代からある施設だが、2014年から建物の耐震化や建て替え、それと機械設備の更新・改良を実施、その作業が2022年3月に完了した。

工場とは

 鉄道事業者の場合、「工場」といっても、基本的には車両を製造するための施設ではない(一部に例外はあるが)。通常は、大規模な検修(検査・修繕の総称)を実施する施設を指している。鉄道車両は「鉄道に関する技術上の基準を定める省令」に基づいて検修を実施している。

 自家用車と違うのは、2種類の基準(走行距離または時間)があり、どちらか一方が限度に達したら、定めに応じた検修を実施する。距離や時間が伸びると、その分だけ検修の内容も深度化する。

 機器類を取り外さずに(在姿状態という)実施する検査や消耗品の交換は、配属先の車両基地で実施する。しかし、走行装置の要である台車を抜き取って検修を行なう、あるいは機器類を取り外して検修を行なう、といった話になると、相応の施設が必要になる。それを備えている施設が「工場」だ。

 JR東海の場合、新幹線電車は浜松工場、在来線車両は名古屋工場の担当だ。キハ11形気動車(東海交通事業所属)、2000系(愛知環状鉄道所属)、1000形(名古屋臨海高速鉄道所属)の大規模検修も、名古屋工場で受託している。また、「サンライズ瀬戸/出雲」の285系は逆に、JR西日本に委託している。

 その工場が、例えば大規模地震によって被害を受けて使えなくなれば、車両の大規模検修ができなくなる。そして検査期限が切れた車両は営業運行には使えず、輸送の使命を果たせなくなってしまう。そこで名古屋工場では、施設の建て替えや耐震補強工事を実施した。三分の一程度の建物が建て替え対象になったという。

 また、豪雨などで建屋の内部に浸水が発生して設備類が使えなくなると、やはり検修作業ができなくなってしまう。そうした事態を防ぐために、自動的にリフトアップして水の侵入を防ぐ止水板も設けられた。

床上や床下に設備が置かれている場所では、浸水によって設備が使えなくなる事態を防ぐために、自動的にリフトアップする止水板が新設された。従来は手作業で設置していたが、新しい止水板は水が溜まり始めると自動的に作動する
自動的に作動するといっても電動や油圧ではない。止水板の下にある空間に水が溜まると、それによって止水板が自動的に浮き上がるというものだ。だから人為的な操作は必要ないし、水が退くと自動的に下がる。30cmぐらい持ち上がる設計とのこと
名古屋工場にある建屋の多くが、耐震補強や建て替えの対象になった
台車検修を担当する施設の配置を見直して、行ったり来たりを少なくする工夫が取り入れられた

 耐震工事だけでなく、併せて機器・設備の更新も実施した。例えば、後述する輪軸修繕ラインではレイアウトの見直しや搬送装置の導入を実施して、効率改善と安全性の向上につなげている。

おおまかな作業の流れ

 工場で検修を実施する場合、入場した車両は最初に動作状況を確認するための入場検査を実施したあとで、台車の抜き取りを実施する。その先は、台車と車体で工程が分かれる。

電車の全般検査(もっとも徹底した検査)は、このような流れで進められる
検修を担当する主な施設の配置

 外された台車は専門の職場に送られて、バラバラに分解したうえで、検査や部品交換を実施する。傷の有無を検査するのは当然のこと、形状を整える作業や、回転バランスをとる作業も必要になる。

 台車を抜かれた車体の方は、東西2か所に分かれた車体修繕場に送られる。主な機器類を外して検査や部品交換に回すとともに、車体や内装品の整備を実施する。最後に塗装を実施するが、その話はあとで取り上げる。

台車を抜かれた車体は仮台車に載せられて、写真の車体修繕場に移動してくる。車体の位置が高いのは、仮台車に組み込まれているジャッキを使って持ち上げているため。こうすることで、担当者はムリのない姿勢で作業を行なえる

 検修の工程を終えた「台車」と「車体」が揃ったら、それらを組み合わせる「足入れ」を実施する。続いて、出場検査を行なって編成を組んでから、出場試運転を実施したうえで営業線に戻っていく。そのすべての工程を紹介するにはスペースが全然足りないが、今回の報道公開で対象となった、車体の洗浄・塗装工程と、輪軸検修関連の施設を紹介しよう。

在来線で初の水性塗装ロボット

 JR東海の在来線車両は大半が無塗装ステンレス車だが、先頭部だけは鋼製で、保護と美観のために塗装が施されている。また、「サンライズ」の285系は全面塗装だ。こうした塗装部分は、工場に入れて検修を実施する際に塗り直して、きれいな状態に戻している。しかし、お化粧と同じで、下地をきちんと整えなければ、塗装はきれいに仕上がらない。

 営業運転に就いていた車両は定期的に洗浄しているとはいえ、多少の汚れが残っていることもあるし、手が回らない部分もある。そこで、最初に車体の洗浄を実施したあとで、パテ付けによる表面の平滑化、下塗り、本塗りと工程を進める。名古屋工場では、最初の洗浄工程において自動的に作業を行なう車体洗浄装置を新たに導入した。

車体洗浄装置の全景。左右には縦方向の、上部には横方向の、さらに左右の「肩」の部分を受け持つ斜め方向の回転ブラシがある。それらを備えた装置全体が、レールに載っていて前後に移動する
これから前面を洗浄する。まず上部のノズルから水をかける
次に回転ブラシが下りてきて、作動を開始する
回転ブラシが「おでこ」の部分を洗浄中
窓まわりは洗浄の対象外なので、ブラシは自動的に回転を止める。塗装の対象にならないことと、ワイパーを壊さないためであろうか
さらに降りてきて窓の下辺を過ぎると、また回転ブラシが作動を開始する
肩の部分を担当するブラシも、使用するときだけ降りてくる構造。このときはまだ回転していない
肩の部分を担当するブラシが回転を始めた様子。上方からは水を噴射している
前頭部の左右と側面の洗浄を担当するブラシが作動中。前頭部は左右が少し後退しているため、先に出てきたブラシではカバーできない。そこを洗浄するにはこちらのブラシが必要になる

 名古屋工場では車体塗装場のリニューアルに併せて「水性塗装ロボット」を導入した。ロボットによる水性塗料の塗装は浜松工場において導入済みで、これが鉄道車両用としては日本初の導入事例。しかし、在来線車両を対象とする水性塗装ロボットを導入するのは、名古屋工場が国内で初めてだ。ロボット塗装装置は浜松工場でも使われているが、対象となる車両が違うので、名古屋工場のロボット塗装装置は浜松工場のそれとは別物だ。また、塗装場の構造も浜松工場と名古屋工場では違いがある。

 塗料は、各種合成樹脂のような塗膜形成成分、色を決める顔料、そして流動性を持たせるための溶剤から成る。その溶剤を、有機溶剤の代わりに水にしたのが水性塗料。もちろん、乾燥してしまえば水に濡れても平気だ。環境面、そして作業者の健康を考えると水性塗料の方が有利とされるが、鉄道車両の塗装では、見栄えだけでなく耐久性に関する要求水準が高い。それに応えられる水性塗料と、塗装を行なうためのノウハウがあって初めて、水性塗料を採用できる。

 なお、水性塗料になる前から共通する話だが、鉄道車両の塗装では静電塗装といって、塗料にマイナス、車体にブラスの電極をつなぐ。すると噴射した塗料が電荷によって車体に吸着されるため、塗料の飛散が少なくなるだけでなく、小さな凸凹にも確実に吹き付けられる。

自動塗装ロボットの全景。可動式アームの先端に塗料を噴射するガンが付いており、それを取り付けた門型の装置全体がレールに沿って前後に移動する
ガンを取り付けたアームが出てきた状態
塗料を噴射している様子をアップで。静電塗装を使用しているため、飛散は少ない。すると確実な塗装が可能になるし、周囲を汚さず、塗料のムダも少なくできる
ガンは事前のプログラムどおりに、上下左右に移動しながら全体をむらなく塗装していく。窓や灯火など、塗料が付くと困る部分は、もちろん事前に紙とテープでマスキングしてある

輪軸の検査・修繕

 次は台車の検修である。ホームから列車に乗り降りしていると見えないが、列車が走るために必要となる、最重要のパーツである。それだけに台車の検修は入念に行なわれている。数ある工程のなかから、今回は輪軸関連の設備が対象になった。

これはHC85系の台車で、亀裂が発生する原因になりやすい溶接部を減らした設計になっている。もちろん、これに限らずすべての台車について、入念な分解検査が行なわれている

 輪軸というと聞き慣れない言葉だが、「車輪」と「車軸」が一体になったパーツのこと。自動車では左右の車輪は別々に回転するが、鉄道車両では左右の車輪を車軸でつないで一体化している。走りの要となるきわめて重要なパーツだから、その検査は入念だ。外面だけでなく、内部に傷や亀裂が生じていないかどうかも検査している。

 台車の分解検査では輪軸から車輪を外して、車輪と車軸をそれぞれ個別に検査する。車輪は使っているうちに摩耗するし、形状を整えるために削ることもあるため、直径が徐々に小さくなってくる。限界値まで小さくなったら、新品に取り替える。

これが輪軸。通常は車軸と左右の車輪が一体になって回転しているが、検修の際には車輪を引き抜く。車軸の外径よりも、車輪の中心にある穴の内径の方が少し小さくなるように作られていて、100tの荷重をかけて押し込む(圧入する)ことでガッチリはまる
台車の分解検査は、このような工程で行なわれる。車輪、車軸、台車枠、歯車といった重要部品は、磨耗だけでなく傷の有無など、さまざまな検査を受ける
輪軸は高速で回転するものだから、検修を終えたら輪軸回転試験装置にセットして、左上に見える黒いローラーを当てて回してみる。そして温度や振動のデータをとって、問題ないことが確認できたら保管に回す。そのあとは、出番がめぐって来るまで待機となる

 この輪軸回転試験装置は、以前は電車の輪軸しか検査できなかったが、現在は気動車の輪軸も検査できるようになった。上の写真でセットされているのは気動車の輪軸で、左右の車輪の間に減速歯車装置のケーシングがある様子が分かる。

 名古屋工場ではリニューアルに際して、検修を終えた輪軸を保管する輪軸貯留庫を設けた。要するに自動化倉庫みたいなもので、276軸(69両分)の輪軸を保管しておき、指令に応じて出し入れができる。収容の際に、どの車両のどの輪軸かというデータを入力する仕組みがあり、さまざまな車種の輪軸を混ぜて保管しても間違いが起きないようになっている。

自動搬送装置に載せられた輪軸
まず、輪軸ラックがある側に向けて移動したあとで……
入出庫用の扉の前に移動する。扉が開いたら、ラックがある側の区画に移動する
輪軸貯留庫はこんな状況。左右だけでなく上下にスタックさせているため、少ないスペースで多くの輪軸を保管できる
輪軸貯留庫は上下・左右の移動を伴うから機力による搬送が必要だが、同一平面上の移動は床に組み込まれたレールの上を転がす。レールが直交する部分にはターンテーブルがあり、そこで方向転換する

安全教育にも力を入れる

 最後に、安全教育のための施設を紹介する。実のところ、鉄道の現場は危険がいっぱいであり、筆者自身も取材でおジャマする際にはとても気を使う。

仮想現実(VR:Virtual Reality)を活用して、安全に危険な経験ができる仕掛けが用意されている。取材時には、線路横断時の触車事故を仮想体験する設定だった。VRゴーグルで、実際に接近してくる列車を見る仕組み。後方の画面では、仮想体験した触車事故の模様がリプレイされている
乗務員室の扉は、閉める際に「ガチャン」と大きな音がすることでお分かりのとおり、かなり重い。閉める際に指を挟むとケガするから、危険を模擬体験する設備が用意された。扉は40系気動車から外してきた本物だ
5本の指すべてを使ってハンドルを確実に握り、握ったハンドルを目視しながら扉を閉める、という基本を実演
ヘルメットの顎紐をきちんと締めていないとどうなるか。きちんと締めた状態のマネキンと、緩い状態のマネキンを用意して、落下させてみる
締め方が緩いと落下した際にヘルメットがずれてしまい、頭部の保護にならない様子がよく分かる

安心して鉄道を利用するための要

 実のところ、「工場」は旅客の目につく施設ではない。しかし、定期的に車両を工場に入れて入念な検修を実施しているからこそ、輸送の安全・安定・快適を維持できる。今回は、ごく一部の作業を紹介するにとどまったが、こうした地道な作業が日々の輸送を支えていることを知っていただければ幸いだ。

 最後に余談を1つ。今のJR各社では組織体制の見直しにより、大規模検修を担当する施設が「工場」を名乗る事例が減ってきた。現時点で「工場」を名乗る施設は、JR東海の名古屋工場と浜松工場、JR四国の多度津工場、JR北海道の苗穂工場ぐらいである。

名古屋工場長の神田英樹氏。「(リニューアル工事により)車両の品質向上と作業環境の改善を実現、安全で働きやすく環境にも優しい工場になりました。今後も、在来線の安全・安定輸送を支える工場として、お客さまに安全で快適な車両を提供してまいります」