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特急ひだの新型ハイブリッド気動車「HC85系」に乗ってみた! 最高速120km/h実現を支えるメカニズムに迫る

2022年5月24日 公開

名古屋駅に入線してくるHC85系。前面貫通式なので、複数の編成を併結したときでも通り抜けが可能

 JR東海は5月24日、HC85系特急車両の試乗会を実施した。HC85系は7月1日から、高山本線の特急「ひだ」のうち、一部列車で運行を開始する。最初は「ひだ」の1、4、10、17号が対象で、8月1日からは2号、15号も加わる予定。そのあとは2023年度末までに68両を揃えて、紀勢本線の特急「南紀」にも投入する。

HC85系とは

 JR東海は85系特急型気動車を用いて、高山本線の特急「ひだ」と紀勢本線の特急「南紀」を運行している。しかし本系列は一部を除いて1988年~1992年の製造であり、すでに車齢は30年を超えている。

現在、「ひだ」と「南紀」で使われている85系気動車

 そこで開発された後継車がHC85系。HCとは「Hybrid Car」の略で、後述するハイブリッド駆動システムに由来する。その後ろの数字「85」は、85系気動車の後継であることを示している。85系気動車と比較すると、燃費は35%向上、CO2排出量は30%減少、NOx(窒素酸化物)排出量は40%減少しているという。

 まずは、外観と車内の様子を御覧いただこう。走り装置だけでなく、ACコンセントの設置やバリアフリー対策など、接客設備の面でもレベルアップを図っている。

側面のシンボルマーク。形状でスピード感を、赤と青との2色で高山線と紀勢線の沿線にある紅葉と海を表現。そして2色のグラデーションがハイブリッド駆動を表現しているとのこと
普通車の車内。85系気動車は眺望に配慮して腰掛部分だけ床を嵩上げする構造だったが、HC85系の床はフラット
普通車の腰掛。肘掛の一部などでN700Sと共通するパーツが使われている。赤系統の色彩は、沿線の紅葉や祭り、花火をイメージしたもの
全席に電源コンセントが設けられている。N700Sと同様に、コンセントは肘掛に組み込まれている
車椅子スペース(1)。こちら側はN700Sの最新仕様と同様に、車椅子から乗り移れる跳ね上げ式肘掛け付きの腰掛と、車椅子のまま利用するスペースの両方がある
車椅子スペース(2)。こちら側は、車椅子のまま利用するスペースが2台分ある。壁面から張り出しているのは暖房機。車椅子利用者向けの電源コンセントも壁面に用意されている
客室端部に設けられている、大型荷物置場。これは普通車のものだが、グリーン車にも同様の設備がある
グリーン車の車内。普通車と同様に2-2列配置だが、腰掛の前後間隔は、普通車の1000mmに対して1160mmと広い。色彩は、沿線の新緑や川、夕暮れの紫の空をイメージしたものだという。出入台部分も含めて、普通車よりもダークでシックな仕上げ
グリーン車の腰掛。前後間隔だけでなく、座面の幅も普通車より少し広い。N700系のグリーン車と同様に、背ずりをリクライニングさせると、連動して座面の後端も少し沈み込むようになっている
グリーン車では背ずりに読書灯が組み込まれているほか、JR東海では初めて、上下スライド式のヘッドレストも加わった
トイレと洗面所は4両編成で2か所ある。これは通常型で、グリーン車に設けられている
グリーン車に設けられている通常型の洗面所
3号車はバリアフリー対応の普通車なので、こちらには車椅子でも利用できる多目的トイレと車椅子対応の洗面所が設けられている。JR東海の在来線特急車では初めて、多目的トイレはオストメイト対応になった
奥にあるのが、3号車に設けられている車椅子対応型の洗面所。シンクの下に空間をとって、車椅子に座ったままでも使えるようになっている
グリーン車の連結面側には多目的室の用意がある
妻壁上部の情報表示装置は、N700Sと同様に液晶タイプ。列車名と途中の停車駅、次の停車駅の案内などが表示される
荷棚は透明な部材が使われており、着席した状態でも忘れ物の有無を確認しやすい。これは普通車のものだが、透明な部材が使われているのはグリーン車も同じ
フリーWi-Fiサービスも提供されている
デッキ・通路の壁面に、「ナノミュージアム」と題する工芸品展示がある。車両によって内容が異なるので、乗る列車が同じでも違う作品を見られるという。「ひだ」だけでなく、「南紀」沿線ゆかりの工芸品も展示される
防犯カメラが設置されているところも、最近の車両の通例。また、緊急時に乗務員と通話するための通話装置があり、通話装置が扱われたときにはそれを自動的に指令所に通報する仕組みになっている

 こうした車内設備には、「JR東海の在来線特急車としては初めて」のものがいろいろある。JR東海では、在来線の新型特急車をしばらく製造していなかったためだろう。

実際に乗車してみて

 試乗列車はまず、名古屋から東海道本線を下って岐阜に向かい、そこで方向転換して高山本線で高山までという行程だった(今回の試乗会は臨時列車「ひだ81号」のスジを使って運行された)。名古屋~岐阜間は、足の速い快速電車や特急電車が頻繁に走っているから、それらに負けない走行性能が求められる。

名古屋~岐阜間では、120km/h近くまで速度を上げる場面が見られた

 すでにハイブリッド駆動の気動車は日本国内で何形式か走っているが、最高速度120km/hで走れるハイブリッド駆動の気動車はHC85系が初めてだ。「ひだ」が東海道本線で電車と足並みを揃えて走るためには、足が遅いのでは困るのだ。しかし、120km/h出せる性能を実現するための開発には苦労があったという。

 ハイブリッド駆動システムでは、加減速を直接的に担当するのは台車に組み込まれた主電動機なので、電車と同じような音がする。しかし、そこに電力を供給するのはディーゼル機関だから、エンジンの音もする。エンジンが停止するのは停車中で、走行中は常に作動している。もしも興味があれば、そうした「音の違い」に着目してみるのもおもしろいだろう。

 腰掛の座り心地は、N700Sとも共通する固め基調で、身体をしっかり支えてくれる。案外と誤解があるようだが、過度にフワフワしていると、却って身体が安定しなかったり、腰が痛くなったりするものだ。なお、グリーン車にはセミアクティブ制振装置が備わっており、横揺れを打ち消す能力を高めている。

「ワイドビュー」を名乗ってはいないが、側窓は十分に大きく、沿線の車窓を楽しめる。日よけに横引きカーテンを使用しているのは、近年の新型車両としてはめずらしい

 なお、列車や次の停車駅の案内放送だけでなく、観光案内の放送が行なわれるところが観光路線らしい。試乗の途上では、地元・岐阜高校の英語研究部が協力する形で実現した観光案内放送も流された。これは日本語と英語で行なわれるため、英語研究部ということになったのだろう。

HC85系のメカニズム

 85系気動車は、出力350馬力のディーゼル機関を各車に2台ずつ搭載する。それに対して、HC85系は出力336kW(457馬力)のディーゼル機関を各車に1台ずつ搭載して、これで発電機を回す。そこから先は電車と同じシステムで、制御用のインバータ装置を介して、走行用のモーターを駆動する。つまり、「ディーゼル発電機を自前で持ち歩く電車」である。

 モーターは出力145kW(197馬力)のものが各車に2台ずつで、1両あたり394馬力となる。700馬力対394馬力だから、一見するとパワーダウンに見える。しかし前述のように、HC85系の最高速度は85系気動車と変わらない。

 HC85系はハイブリッド駆動だから、減速時には走行用のモーターを発電機として使い、発生した電力を蓄電池に溜めておく。その電力は、停車中の照明や空調で動力源とするほか、走行用の動力源にもなる。減速時に回収したエネルギーを再利用することでエンジンの負担が減り、燃費の改善とCO2排出削減につながる。

床下に搭載されている、発電用のディーゼル・エンジン。全車に1台ずつある
タイミングによっては、ハイブリッド駆動システムの動作状況も表示する。これは、ディーゼル発電機と蓄電池からの電力を使って加速している場面
こちらは減速中で、走行用のモーターで発生した電力を蓄電池に充電していることを示す

 HC85系のハイブリッド駆動システムで使用する蓄電池は、東芝インフラシステムズ製のリチウムイオン蓄電池「SCiB」。N700Sが備える自走用バッテリも「SCiB」だが、HC85系のそれは用途が異なり、頻繁に充放電を繰り返す。だから、充放電の制御はN700Sとは異なる。

 HC85系では電車と共通する技術が多くなり、変速機のように複雑な機械をなくしたため、メンテナンスの負担が軽減される。ただし、制御装置や走行用のモーターはほかの電車と共用するわけにいかず、HC85系の専用品だ。最高速度120km/hを実現するには専用品が必要だったからだ。

 普通の気動車は、駆動力を伝達する推進軸がエンジンと台車の間に入る。推進軸の破損や落下が起きると一大事だから、検査の際には気を使う部位だ。ハイブリッド駆動方式を採用した背景には、検修の負担が増える推進軸をやめたい事情もあったという。

 ハイブリッド駆動システムに注目が集まってしまうが、もう1つのHC85系の特徴として、状態監視技術「DIANA」(Data Integrated monitoring and ANAlysis system、ディアーナ)がある。搭載する各種機器の動作状況を常にモニターしており、データは無線通信を用いてリアルタイムで地上に飛ばす。このデータは、例えば故障の予兆検知に応用できる。「こういう挙動があったあとで故障しました」などのデータを取れるからだ。

 状態監視技術はすでに新幹線電車で広く使われているが、3月にデビューした315系電車と今回のHC85系から、JR東海の在来線でも本格的に使われる。データの蓄積が進めば、信頼性の向上や、車両故障に起因する輸送障害の防止に役立つと期待できる。

 逆に、地上からデータを送る場面もある。それが最新の列車運行情報。時々刻々と状況が変化するものだから、それが無線で飛んできて情報表示装置に現われればありがたい。

試乗会の参加者と報道関係者には、この記念乗車証が配布された。左下にあるのがキャンペーンロゴのようだ
高山駅に掲出されていた、HC85系のデビューを告知する掲示。営業運転開始は1か月少し先の7月1日だ
「ひだ」「南紀」は以前から鹿との衝突に見舞われる事態が多発しているため、先頭部には鹿衝撃緩和装置が設けられている。左右の排障器前面に取り付けられている、クッション状のものがそれだ。なお、鹿との衝突は状態監視の対象にならないと思われる