旅レポ
北ドイツの自然豊かな“水と緑の都”ハンブルク「ハーフェンシティ」を楽しむ(その1)
独ハンブルクの新コンサートホール「エルプフィルハーモニー・ハンブルク」を体験する
2017年6月8日 00:00
ハンブルクは、ドイツ北部、北海に流れるエルベ川沿いに位置する港を中心とする首都ベルリンに次ぐ規模の大都市。商業と経済の町という顔のほか、音楽の町として名高い。クラシック音楽では、ブラームスやメンデルスゾーンの出身地で、テレマンやカール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(ヨハン・ゼバスティアン・バッハの次男)、ハッセなど著名なクラシック音楽の作曲家が活躍した地。ピアノのメーカー、スタインウェイの工場もある。ロックミュージックでは、ビートルズがバンドデビューからの下積み時代を過ごしたことも有名だ。
また、出版やテレビなどメディア各社が本拠地を置き、フォトレタッチで使われるAdobe PhotoshopやDTP関連ソフトのメーカーとして知られるアドビシステムズも、ドイツではハンブルクに拠点を置くなど、メディア関連が集まる町としても知られている。
日本とのつながりも深く、多くの日本企業が拠点を置いている。ハンブルク市内にある人造湖の外アルスター湖近くには、5000本以上の桜が植えられていて、5月に開催される日本人会主催の桜祭りでは花火大会も楽しむことができる。
ハンブルクは大きな貿易港やドックを持っていて、中世にハンザ同盟の中心都市として栄えた。ハンザ同盟は北ドイツで王侯貴族支配を受けずに作られた、北海~バルト海沿岸の商業都市同盟。この貴族支配がなく商業中心に発展した独特な歴史を建造物などに垣間見ることができる。とくにエルベ川沿いに広がる倉庫街の美しい景色はその象徴で、ユネスコ世界遺産にも登録されている。この倉庫街から川にいたるまでの地域は、現在欧州最大となる大規模な再開発が進行中で、「ハーフェンシティ」と呼ばれている。
ハンブルクのエルベ川沿いの再開発地区「ハーフェンシティ」エリア
ハンブルクの新しいランドマーク「エルプフィルハーモニー」
このハーフェンシティ最西端にシンボルともいえるランドマークとして建てられたのが、今回紹介する「エルプフィルハーモニー・ハンブルク(Elbphilharmonie Hamburg)」(以下、エルプフィルハーモニー)。スイスの著名な建築家ユニットである「ヘルツォーク&ド・ムーロン(Herzog & de Meuron)」によって設計された、大小2つのコンサートホール、ウェスティンホテル、コンドミニアム(住居)が入る26階建ての複合施設で、2017年1月11日にオープンした。上部と下部に完全に分離した特徴的なデザインを採用していて、下部の外装はレンガ作りの倉庫をそのまま活かし、波をイメージし曲面ガラスを駆使した上部のモダンデザインとの対比が印象的。8階の別れ目部分はプラザと呼ばれ、エントランスやエレベータホールがあるほか、外に開いた展望テラスとなっていて外周を歩くことができ、ハンブルク市街や港を一望できる。すでに多くの人で賑わう新たな観光スポットにもなっている。
エルプフィルハーモニー・ハンブルク
所在地:Platz der Deutschen Einheit 1, 20457 Hamburg
Webサイト:Elbphilharmonie Hamburg(英語)
エルプフィルハーモニーの周囲を散策してみたので、グルっと外まわりをご覧に入れよう。西側や南側からのカットは、遊覧船に乗って撮影している。
建物8階までの下部は、1963~1966年に建設され茶葉やコーヒーなどの貿易品の貯蔵に使われたカイシュパイヒャー A(KAISPEICHER A)という古いレンガ作りの倉庫外壁のみをそのまま活かして使っている。カイシュパイヒャー Aは、ハンブルク出身の建築家、ヴェアナー・カルモルゲン(Werner Kallmorgen)が設計している。
8階より上は、ガラス張りで無数の波と泡をイメージするデザイン。ガラス板は1100枚使われている。個々のガラス窓には、丸くグラデーションがデザインされていて、ところどころに曲面も多用されるなど、とても凝ったデザインになっている。太陽や空、水面の反射を受け、時々刻々とその表情を変える。高さは110mある。
エントランスは、ちょっと分かりにくく地味な作り。一見すると倉庫そのままという感じだ。実はこれも演出の一つとなっていて、入ったあとの独特の広がりある室内をより強く印象づけるため。期待感をあおって、想像力をかき立てている。入る段階から、アート体験は始まっているのだ。
誰でも入れる高さ37mの自由な展望台
さりげない作りのエントランスにアプローチし、入場ゲートを通り抜けると、そのまま白い洞窟のような作りでゆっくりと動く80mもある長いエスカレータを上がる。緩いカーブを描いていて、足下の段差は小さくカーブにしたがってわずかに差がついてくる。いったんエスカレータ乗り継ぎの部分でガラス張りで展望できる小部屋がある。西向きのためエルベ川に落ちる夕日を眺めることができる。
エスカレータを降りると少し階段が続き、登り切るとプラザの広いホールがある。大小2つのコンサートホールやホテルなどと合流するミーティングポイントとなっている。
ここは要所から外に出ることができ、37mの高さから360度グルッと回遊を楽しめる観光スポットとなっている。バーなどもあり、エルベ川に広がる港の景色を眺めながら、お酒を楽しんでいる人も多い。
このエントランスからプラザの部分までは、エントランスに設置されている自動販売機でチケットを発券すれば無料で入れることになっている。ただし収容人数には制限があるので、いきなり行ってもすぐには入れないこともある。インターネットやビジターセンターで1人2ユーロ(約250円、1ユーロ=約125円換算)で日時指定の予約チケットを購入することもできる。また、当日コンサートのチケットがあれば、開演2時間前から中に入ることが可能になっている。
コンサートを見る予定がなくても、ハンブルク市内とエルベ川沿いに広がる港が一望できるので、見る価値は十分にある。観光する際にはぜひ立ち寄ってほしい。
プラザからは、メインのグランドコンサートホールと、小ホールのリサイタルホールへと階段でアクセスする。グランドホールのホワイエは、垂直の壁が少なく、斜めの直線を多用した斬新なデザイン。床や階段などに木材が多用されていて、白を基調としたモダンデザインながら暖かみも感じる。球とラインの2種類のライトをリズミカルに配置している。
平衡感覚がおかしくなりそうだが、ホールは高さがあるので黙々と階段を上っていくよりも、ラインが織りなす美しさを発見する冒険をしているようで、空間にいる楽しさがある。随所にドリンクを楽しむスペースもあり、プログラム間のポーズ(休憩)に多くの人で賑わっていた。大きなガラス窓は眺望も抜群で、コンサート前後を含めて、楽しめる作りになっている。
ブドウ畑の斜面に似せた完璧な音響のグランドコンサートホール
グランドコンサートホールは、12階から17階までを使い、2100席が用意されている。高さは25mあり、外側でもっとも高い部分は23階までを占有している。ホールの直径は30~50mある。
音響設計は日本の永田音響設計で、サントリーホールも手がけた音響設計家、豊田泰久氏が手がけた。客席がステージの前側だけでなく周囲を囲むように配置されているのが大きな特徴だ。ブドウ畑の斜面に似ていることからビン(ワイン)ヤード構造と呼ばれていて、最近のコンサートホールはこちらを採用することが多い。指揮者までの距離を一番離れた席でも30m以内に留め、どの客席でも臨場感ある体験ができる。また、壁面には「ホワイトスキン」と呼ぶ、個別に成型した異なる大きさのへこみがついた石膏ボードが1万枚も配されていて、音の吸収と反射、拡散をコントロールしている。へこみは貝殻をモチーフとしている。港には大型船舶が行き交うので汽笛が鳴ることがあるのだが、ホール内にまで汽笛が到達しない遮音特性に調整されているとのことだ。
ほかにも、4765個のパイプを使ったパイプオルガンが、一見すると分からないように穴の空いた壁の奥に仕込まれた状態でホール周囲に設置されている。リモートでオルガンの音色を選択するレジスター(ストップ※)が4つ、天井のリフレクターに入っていて、上からも音が降ってくる。
※パイプオルガンでは、鍵盤周辺にある多数のボタンを操作して、特定音色のパイプに空気を送り込む。その音色パイプ群の切り替え操作をする仕組みのこと。助手が操作したり、近年ではプログラムしておき電子制御する仕組みになっている。
小ホールのリサイタルホールは、席数572席で、室内楽やソロ演奏、ジャズ、ワールドミュージック系の演奏を想定している。壁面を木製の波が打ったような形状にしていて、音響を調整している。こちらは、客席前方にステージがあるオーソドックスなシューボックス型。客席は固定でなく、配置のアレンジができる。
演奏者を近くに感じるリアルなステージ音響体験
実際にコンサートを鑑賞する機会もあった。座席位置は指揮者右横のステージすぐ近くで、見下ろす見え方になる。ステージ手前に位置していたコントラバスがやや見えにくいが、ほぼステージ全体が見渡せる。指揮者の横顔を見ながらというのは、新鮮に感じるのと、ステージ上の演奏者の動きがつぶさに観察できるので、楽器好きには興味がつきない。
タイトルは「8th Philharmonic Concert」。指揮は、27歳の若いロレンツォ・ヴィオッティ(Lorenzo Viotti)。名指揮者マルチェルロ・ヴィオッティの息子で、2016年には来日して東京交響楽団の指揮もしている。キビキビした、分かりやすい指揮。演奏はハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団(Philharmonisches Staatsorchester Hamburg)。ハンブルク国立歌劇場の管弦楽団。
プログラムは、リヒャルト・シュトラウス(Richard Strauss)のドン・ファン作品20(Don Juan op. 20)から始まり、アントニン・ドヴォルザーク(Antonin Dvorak)のチェロ協奏曲 ロ短調 作品104(Cello Concerto in B minor, Op.104)へと続く。途中独奏もあるチェリスト ジュリアン・ステッケル(Julian Steckel)のチェロ演奏はもちろんだが、木管、金管楽器の演奏が手に取るように感じられ、演奏に引き込まれる。
ポーズを挟み、エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト(Erich Wolfgang Korngold)の シンフォニエッタ ロ長調 Op.5(Sinfonietta in B major Op.5)。ハープも入る印象的でメロディアス、優美なフレーズが多く、雄大な展開、スピード感ある演奏の楽章もあり、映画音楽を聴いているように情景が目の前に浮かんできた。時々、短いソロフレーズを多様な楽器で掛け合いのように演奏するパートでは、その演奏場所から各楽器の音が飛んでくる感覚を感じる。最後の会場内では、万来の拍手があった。
全体の音の印象として、いやなエコーがほぼ感じられない、スピード感のあるダイレクトな音がする。とにかく音が近い。音の傾向を想像してもらうには、録音を高性能なカナル型のイヤフォンで聴いたときの印象が一番近い。このダイレクト音とともに、ホールのほどよい残響に包まれる感覚だ。
このように書くと、すごくデッドな空間なのかと思われてしまうかもしれないが、決してそうではない。高さのある形状のホール上部からというか、全体がら包まれるようにソフトな音の雨が周囲から降ってくる。これがとても気持ちいい。
通常、音響的に考えられていない高さのある建造物内で音を出すと、尋常ではない反響音で飽和したように包まれる。これが音響調整によって、反響が驚くほどソフトに調整されているというわけだ。弦楽器を中心に全体が「ヒュン」と鳴った(オーケストラヒットなどとも呼ばれる打撃音に近い演奏)直後の静寂での残響音の収まり方が自然で、これには感動を覚え、鳥肌が立つほど。
シューボックス型のホールを後ろで見ていると、指揮や演奏の動きと実際の発音がずれて感じることがあるのだが、こちらでは演奏者と近いせいか、遅延の感覚はまったくなく、細かなニュアンスを含めてビシビシと楽器音が届いてくる。個人的には、リアルな楽器音がして好みの音質なのだが、同行した人のなかでは、ベートーヴェンのような楽器のレイヤーが多く壮大な演奏では、もう少し残響があり音がまわった方が盛り上がる恍惚感があるのではないかという意見もあった。確かにやや分析するような傾向の音とも言えるので、多少好みは分かれるかも知れないが、記者にはこれがリアルなアコースティック楽器の音だと思えた。ぜひ体験してみてほしい。
エルプフィルハーモニーのコンセプトの一つとして、すべての人に音楽を体験してもらいたいという思想があり、もちろん席位置に応じてではあるが、気軽に入れる安価な設定のチケットも多く揃えているそうだ。今回最上部や奥まった座席の音がどうかは検証できなかったが、すべての席を指揮者から30m以内にとどめていることから、条件はわるくないことが予想できる。観光の合間に、ぜひ気軽に組み入れてみてほしい。これまでに感じたことのない、リアルな演奏を体験できるはずだ。
なお、グランドコンサートホールは「北ドイツ放送エルプフィルハーモニー管弦楽団(NDR Elbphilharmonie Orchestra、旧称:北ドイツ放送交響楽団)」の本拠地で、リサイタルホールは「アンサンブル・レゾナンツ(Ensemble Resonanz)」の拠点となっている。グランドコンサートホールでのコンサートを見ると、おおよそ14~90ユーロ間で販売されているようだ。チケットはWebサイトから購入できる。
今回のハンブルクのレポートは、新しいコンサートホールのエルプフィルハーモニーを紹介したが、次回以降、ユネスコ世界文化遺産に指定されている倉庫街やチリハウスなどの観光ポイント、音楽の町としての紹介などを予定している。ぜひ楽しみにしてほしい。