旅レポ

米、酒から金属加工まで……“なんでもうまいどころ”新潟を旅した(その2)

伝統工芸の街で、とびっきりの銅器、包丁、名刺入れと出会い、「打ち出し彫金」にも挑戦!

新潟の燕三条の伝統工芸品が生まれる場所とは

 燕三条といえば、以前に音楽プレーヤー「iPod」の鏡面磨き加工に携わった“磨き屋”がいるとして、金属加工の職人が多いことを知っている人も少なくないのでは? そんな日本が誇る技術を代々受け継いできた燕三条だが、実は燕三条という地名があるわけではなく、上越新幹線の駅でもある燕三条駅を中心に、おおよそ北西部に位置する燕市の燕エリアと南東部に位置する三条エリアの三条市をひっくるめて「燕三条」と呼んでいる。

 江戸時代、水害で不作になる年が多かった同地域で、代わりに和釘作りを始めたのが金属加工業が発展した由来とされており、その釘作りをしていた職人の街が燕、釘を売っていた商人の街が三条、といった棲み分けもあったようだ。今回ここで紹介するいずれのスポットも、より多くの職人が集う燕市にある工房となっている。

たった1枚の銅板から立体的な急須を作り上げる「玉川堂」

玉川堂

 鎚起銅器、簡単に言えば金槌などで銅板をたたいて食器類を手作りする、国の無形文化財にも指定されている伝統技法を今に伝えているのが「玉川堂(ぎょくせんどう)」だ。築100年を超える有形文化財に指定された建物もあり、職人たちが1日のほとんどを過ごす「叩き場」も築80年だという。

 玉川堂で作られているのは、急須をはじめとする茶器、皿、ぐい飲みなどの食器が中心。300種類あるという木槌や金槌を使い分けながら、ひたすらたたき上げる「鍛金」で1枚の銅板の形を整え、場合によっては「彫金」で装飾を施し、薬品を用いて着色を行ない、製品として仕上げる。職人が20名ほどいるなかで、ほとんどが鍛金を担当し、彫金師は1名のみ。男性ばかりでなく、女性の職人も5名在籍する。

古い趣ある民家といったたたずまい
叩き場(作業場)

 すべて手作業で1つ1つ作ることから、完成には大変大きな手間がかかる。例えば急須を、注ぎ口を含めて1枚の銅板から作り上げた場合の価格は50万円から、注ぎ口を溶接する場合は5万円からと、その手間に見合った金額になる。

これが銅器の元となる銅板
多くの種類の木槌、金槌、さらには当て金と呼ばれる金属を用いてたたいていく
職人が鍛金を行なっている様子
きれいな模様が形作られていく
女性の職人も5名在籍している
たたき続けると銅は硬化してしまう。そのため、「焼きなまし」して何度も軟化させながらたたいていく必要がある
1枚の銅板から仕上げた急須。注ぎ口まで打ち出している
彫金を施した皿。玉川堂では彫金を担当する職人はわずか1名

 鍛金、彫金の技術だけでなく、着色においても独自の技術があり、化学薬品によって7~8色ものバリエーションを出せるのは玉川堂以外にほとんどない。特に「玉川堂ブルー」とも呼ばれる紫金色は、単に濃紺であるだけでなく、見る角度によって表情も変わる、同社にしか出せない色と言われている。

銅製品の着色を行なう場所
秘伝の薬品が収められた容器
左が玉川堂ブルーと呼ばれる紫金色
玉川堂が手がけた銅器製品の数々
急須や器だけでなく、キセルやワインクーラー、ガラス製品なども作っている
女性職人が企画し、製作したという一輪挿し。女性らしい柔らかい印象に仕上がっている
30枚ほどの異種金属を合体させ、部分的に掘り出し、それを圧延して叩き出すことで、木目調のユニークな模様が浮かび上がる「木目金」と呼ばれる技法で作られた壺。これ1つが300万円になるという
玉川堂(燕本店)

所在地:新潟県燕市中央通2丁目2番21号

美しい波紋のダマスカス鋼を用いた、切れ味鋭い藤治郎の手作り包丁

藤次郎ナイフギャラリー

「藤次郎」は、新潟で誕生した創業60年の企業。農機具作りを起源とする同社だが、今や専門店からホームセンターまで、全国に展開するブランドとして成長し、日本一の複合材包丁メーカーとして知られている。最近は海外にも進出し始めた同社が特に力を入れているのが、ダマスカス鋼という鋼(はがね)と鉄を原料とする硬度、精度に優れる金属を用いた包丁だ。

 ダマスカス鋼の包丁は、異なる素材の金属が含有する素材をハンマーで鍛錬し、形を整えていくなかで、表面に浮き出てくる美しい波紋が特徴的。その模様を見るだけで、切れ味のよさと高級感が伝わってくる。同社ではこうした手作業で製作する「打ち刃物」と、金型から作るリーズナブルな「抜き刃物」の2種類を手がけており、在籍する75人の職人が、量産品であれば最大1日1万本以上を、顧客の要望に応じて作るセミオーダー品は1日10本程度を生産する。

 見学した工房の隣にある「藤治郎ナイフギャラリー」には、同社が製造する約4000種類に及ぶ包丁のうち1200種類程度が常時展示され、用途によって大きさや形も変わるバリエーション豊かな包丁の数々を鑑賞、購入できる。名入れサービスや、購入済みの包丁の研ぎ直しをしてもらえるサービスも行なっている。2017年4月以降には、現在の工房のすぐ脇に、予約なしで包丁作りを見学できる新しいオープンファクトリー化した工房が完成予定とのこと。

金属を熱するための炉
半自動でたたき出していくスプリングハンマーという機械
左の金属の板を、ハンマーでたたくことで右の形にする
材料から刃物の形にしていくまでの変遷
形をある程度仕上げたら、研ぎの工程に入る
全自動で研磨できる機械もあるが、手作業のような微細な調整が困難なため、大量生産する製品にしか使っていないという
研ぎ工程における変遷
藤次郎ナイフギャラリーで展示、販売されている包丁の数々
なかにはダマスカス鋼でできた欧米向けのテーブルナイフや、フォーク、スプーンも
藤次郎ナイフギャラリー

所在地:新潟県燕市吉田東栄町55-18
営業時間:10時~18時
定休日:日曜日、祝日(イベントなどにより変更あり)

「MGNET」製のマグネシウム名刺入れでビジネスを成功へ!? 打ち出し彫金体験も

MGNETのオフィスと、売店やもの作り体験の場として利用されている建物「FACTORY FRONT Presented by MGNET」

「MGNET」は、マグネシウム合金などを素材とする加工品製作を手がける会社だ。金型製作を行なう武田金型製作所が親会社で、その創業者の息子がMGNETを経営する。主軸製品は名刺入れで、マグネシウムに計7層もの化学処理による塗装を施し、腐食しやすいマグネシウム合金の短所をカバーしながら、ほかにはない高精度で付加価値の高い商品作りを続けている。こうしたマグネシウム合金の加工で得たノウハウは、ほかの製品にも展開してビジネスを拡大していっているという。

マグネシウム合金製のカラフルな名刺入れ
チタン製の名刺入れもある
こちらはアルミニウム製。4860円と比較的リーズナブルながら、質感は高い
左端は真鍮製。さまざまな素材で名刺入れを製作している

 ちなみに欧米セレブの間では、名刺入れをセカンドウォレットとしてクレジットカードなどのカード入れとして使用するスタイルが多いとのこと。同社工房併設の売店では、同社製の名刺入れだけでなく、燕三条で作られているさまざまな工芸品も取り扱っており、ここを訪れるだけで燕三条が誇る優れた製品の数々に出会えるだろう。

燕三条で作られたおしゃれなシャベルなども展示販売
革製品も取り扱っている

 なお、同工房では「打ち出し彫金」の体験プログラムも用意されている。銅板などを金槌でたたいたりしてオリジナル銅製品を作り上げるもので、作るものや扱う素材の大きさにもよるが、筆者が体験した銅板しおりの打ち出し彫金は1500円から。30分程度で気軽に体験でき、記念のお土産として持ち帰ることもできるので、立ち寄った際にはぜひチャレンジしてみてほしい。

打ち出し彫金を体験。これは作業机
金槌1本で銅板のしおりを作る
模様付きの金槌でたたき、表面を装飾
片面に全体的に模様を付けたら、好きな形に切り抜いた厚紙をテープで固定し、さらに叩いて形を浮かび上がらせ、完成となる
MGNET

所在地:新潟県燕市東太田14-3

日沼諭史

1977年北海道生まれ。Web媒体記者、モバイルサイト・アプリ運営、IT系広告代理店などを経て、現在は株式会社ライターズハイにて執筆・編集業を営む。IT、モバイル、オーディオ・ビジュアル分野のほか、二輪や旅行などさまざまなジャンルで活動中。独身時代はレンタカーで車中泊しながら国内中を巡ったこともあり、どちらかというと癒やしではなく体力を消耗する旅行(仕事)が好み。著書に「できるGoPro スタート→活用 完全ガイド」(インプレス)、「はじめての今さら聞けないGoPro入門」(秀和システム)、「今すぐ使えるかんたんPLUS Androidアプリ大事典」(技術評論社)などがある。