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JAXAとボーイングが航空機の安全性向上で協力。JAXAの晴天乱気流検知システムをボーイングの試験機に搭載

2017年8月2日 発表

JAXAが開発した晴天乱気流検知システムを、ボーイングのテストプラットフォームであるエコデモンストレーター2018に搭載してテストすることを発表

 JAXA(宇宙航空研究開発機構)は8月2日、同機構による乱気流事故防止期待技術の実証「SafeAvio」プロジェクトにおいて開発を進めてきた晴天乱気流検知システムを、ボーイングのエコデモンストレーター(ecoDemonstrator)・プログラムにおいて大型機のボーイング 777F(フレイター)型機に搭載し、実証実験を行なうことを発表した。ボーイング 777F型機に搭載しての飛行試験は2018年3月を予定している。

 飛行機が揺れる大きな要因が乱気流だが、雨雲を伴う乱気流については、気象予報や航空機のノーズ(先頭)部分に備えた気象レーダーなどによりある程度事前に察知できるようになっている。しかしながら、雨雲を伴わない乱気流もあり、一般的にはこれが晴天乱気流と呼ばれるものとなる。JAXAが示した運輸安全委員会の報告書のデータでは、国内における大型航空機の事故の約6割が晴天乱気流を含む乱気流に起因したものとなっているという。

会見の様子。JAXAとボーイングのロゴが並んで掲示された
国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構 航空技術部門航空技術実証開発ユニット ウエザー・セイフティ・アビオニクス技術研究グループ 町田茂氏

 説明にあたったJAXA航空技術部門航空技術実証開発ユニット ウエザー・セイフティ・アビオニクス技術研究グループの町田茂氏は、「いまだ見ることのできない晴天乱気流に対する危機感があり、対策が必要」と話し、その対策は急務であるとした。

 JAXAでは晴天乱気流を検知するシステムとして、LiDAR(Light Detection and Ranging、ライダー)技術を用いた装置を開発。通常の気象レーダーは、文字どおりレーダーを用いたものとなる。レーダーは電磁波を放射し、その反射波との差分を分析することで乱気流を検知をするが、レーダーは水滴に反射する電波によって検知するため晴天乱気流を見つけることができない課題があった。

 これに対してLiDARはレーザー光を放射し、エアロゾルと呼ばれる空気中の微細な塵や水滴に反射して散乱した光を受け取って乱気流を検知することから、晴天時の乱気流を見つけることができる。

 JAXAは技術目標として、「14km以上遠方の乱気流を重量95kg以下の装置で検知」と設定し、2014年度から2016年度までSafeAvioプロジェクトとして実証プロジェクトを実施。この技術目標の値は、旅客機が巡航している場合、14km先は到達まで1分という距離に相当するといい、1分あればシートベルトを着用できる時間を確保できる距離として設定。重量の95kgは、乗客1人分の体重と荷物を足した程度の重量を想定したという。

 実際に開発された装置は三菱電機をパートナーに製作されたもので、レーザー光の送受信装置、信号処理装置、冷却装置、光の放射と反射光の受信を行なう光アンテナから成り、重量を83.7kgに抑えた。この重量はLiDAR技術を使った乱気流検知システムとしては世界トップの軽量さであるという。欧米ではレーザー光の高出力化などを図ったことで大型化しているが、日本には使用する波長に合ったファイバアンプ(増幅器)が通信機用にあり、そのアンプの技術をベースに高出力で小型の装置を開発することにつながったという。

 使用するレーザー光は、波長1.5μmの近赤外光を使用。海外の装置では紫外線を用いる装置などもあるそうだが、この波長を選んだ理由として町田氏は「EyeSafetyを優先し、目に優しい波長であることから選択した」と説明。万が一目に入っても網膜を痛めない波長であることを選択の理由に挙げた。

 実証テストは2016年12月17日から2017年2月10日にかけて、名古屋空港をベースに19回のフライトを実施。ガルフストリームのビジネスジェットに搭載してのテストとなったが、この結果、検知可能な距離は平均17.5kmとなり、到達まで約70秒という時間を得られる結果となった。この70秒という数字について町田氏は「NASAの研究成果によると、シートベルト非着用者の6割以上が着席してシートベルトを着用できる時間」と説明。

 この平均17.5kmは、検知が難しいエアロゾルの密度が薄い状態も含めた結果であるという。エアロゾルの密度が薄い場合の対策として、受信信号を大きくする方法があるが、そのためには装置を大型化する必要がある。JAXAでは、特許の技術として、受け取った信号のノイズをリダクションしてより有効な信号を抽出して取り出す技術があり、それを適用したことが、この結果に結びついているとしている。

 レーザーのビーム直径は150mmで、速度は遅いながら上下左右に方向を変えることもできる。ビームの直径が大きければ広い範囲を検知できるほか、自由に上下左右に方向を変えられれば進行方向に晴天乱気流を見つけたあとに、どの方角に進めばよいかの検知も瞬時に行なえるようになるが、「現状では(晴天乱気流到達まで)1分強なので、回避できる場所が分かっても急操作となるためリスクが高く、そこまでの技術は確立できていない。ただ、旋回時などに進行方向の検知はできるようにしている」とした。

晴天乱気流検知技術の必要性を示す乱気流による事故割合
JAXAが開発した晴天乱気流検知システム
JAXAが開発した晴天乱気流検知システムの目標と実際の装置の成果
JAXAが実施した晴天乱気流検知システムの飛行実証の内容
JAXAが想定する晴天乱気流検知システムの展開
ボーイングのエコデモンストレーター・プログラムに参画するJAXA側の意義
Boeing Commercial Airplanes, 2018 ecoDemonstrator Leader Environmental Performanceのダグラス・クリステンセン(Douglas. P. Christensen)氏

 次のステップとして、開発した装置を、ボーイングの試験機であるエコデモンストレーター2018に搭載して実証実験を行なうのが今回発表された内容の主旨となる。

 ボーイングのエコデモンストレーター・プログラムは、安全性や効率向上などイノベーションを加速させるために行なうもので、そのプラットフォームとして、各回の評価項目に合った機体を選定してテスト機にする。Boeing Commercial Airplanes, 2018 ecoDemonstrator Leader Environmental Performanceのダグラス・クリステンセン(Douglas. P. Christensen)氏は、「ボーイングや業界にとってもイノベーションを促進することに役立っていると思うし、定期的にこのような実証試験飛行に新しい技術の力をテスト、審査することにより、ボーイング社内と外部のエンジニアの技術交流も促進される。このプロジェクトを媒介として、さまざまな連携が促進される」とパートナーとの協力関係強化に役立つこともプログラムの目的の一つに挙げた。

 これまでボーイング 737型機、787型機、757型機、エンブラエル E170型機と4回のプログラムが実施され、次のエコデモンストレーター2018が5回目のプログラムとなる。

 JAXAの晴天乱気流検知システムが搭載されることになるエコデモンストレーター2018は、フェデックスが使用している貨物機のボーイング 777F型機が充てられることになり、エンジンのスラストリバーサー(逆噴射装置)の小型化や、新たな素材技術の検証、晴天乱気流検知システムの評価が行なわれることになっており、ボーイング 777F型機が選ばれたのはエンジンが理由であるとしている。

 JAXAの晴天乱気流検知システムは機体の左舷側(ポートサイド)に取り付けられる。装置は機体内に置き、カーゴドアの脇にある窓に鏡を取り付けてレーザー光の送受信を行なう予定としている。

 スケジュールは、2018年1月にボーイングが受け取り、2月にかけて装置の取り付けなどを実施。テスト飛行は3月と4月に行なうことになると説明。場所は米ワシントン州シアトルのボーイング・フィールド(キング・カウンティ国際空港)またはボーイングの製造工場があるペイン・フィールド、同じワシントン州内でMRJの試験飛行が行なわれていることでも知られるモーゼスレイクのグラント・カウンティ国際空港、モンタナ州のグラスゴー国際空港のいずれかで実施する予定とした。

エコデモンストレーター・プログラムの意義
エコデモンストレーター・プログラムの過去と今後の計画
エコデモンストレーター2018の概要
Boeing Research & Technology, Research & Technology Project Director チャーリー・スヴォボーダ(Charlie Svoboda)氏

 JAXA側としては、大型旅客機への実装の実現性の評価や、実用化に向けた課題を確認するために、ボーイングのような大手機体製造メーカーの評価を得られる絶好の機会であるとともに、大手メーカーのプログラムに乗ることによる業界への認知度向上、そして町田氏が最終的に重要なポイントになるとしている標準化や、航空当局による規制化のプロセスが加速することを期待している。

 ボーイング側でも晴天乱気流対策は課題として考えており、Boeing Research & Technology, Research & Technology Project Directorのチャーリー・スヴォボーダ(Charlie Svoboda)氏は「航空機の安全性を改善するポテンシャルがある技術だと思っている。晴天乱気流が発生していること、それによってリスクが発生していることを早い段階で探知できる」と期待。

 さらに、現状では乱気流を回避した先に乱気流がないとも限らず、再び乱気流を回避する必要が生じることがあるが、この技術が進化すれば一気に乱気流がない空域へ回避できるようになることで、燃料効率改善につながることにも期待しているという。

 スヴォボーダ氏は、「このテスト飛行はボーイングが行なうので、JAXAが単独で行なうよりもこのようなプログラムに参加する方が経済的にも効率がよい。試験飛行は数週間にわたって行なうが、そのなかで晴天乱気流検知技術の評価のためだけに数日設けたい」と述べている。

エコデモンストレータ2018への搭載により商用機での実証実験を行なえる
晴天乱気流検知システムをエコデモンストレーター2018へ搭載する理由
JAXAとボーイングの協力関係。晴天乱気流検知システム専用のテスト日が設けられる予定
ボーイング 777F型機を用いるエコデモンストレーター2018

 JAXAではこの晴天乱気流検知技術を含むSafeAvioプロジェクトについて、ここまでの5年間をJAXA主体の研究開発のフェーズであったとし、過去の空中衝突防止装置(TCAS II)の例を見て、今後5年間程度が装備品メーカー主体となっての実用化のフェーズ、その後の5年間で航空当局による認証や規制化のフェーズになると想定しており、メジャーな存在として搭載されるのは10年後になると見込んでいる。