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14年ぶりにホーバークラフト航路復活! 大分県担当者が語る「市内~大分空港で運用できるワケ」
2023年9月21日 06:00
国内唯一、世界でも2航路? ホーバークラフトってなんだ
海上を高速で疾走し、かつ陸地まで走れる高速船ホーバークラフト(ホバークラフト)の定期旅客航路が、国内で14年ぶりに大分県で就航します。
かつて国内でも9か所で就航し、世界中の各地で普及するかに見えたホーバークラフトは、今や大分県のこの航路と、イギリスに1航路のみ。世界的にもめずらしい船体をひと目見ようと、9月10日に大分空港で開催された1番船「Baien」の一般公開は、開始前から100人以上の行列ができるなど、終日にぎわいました。
ホーバークラフトは海上を進む「船舶」(高速船)ではあるものの、その構造は「強力なファンで船の下に空気を送り込んで浮き上がり、船体の後部にある巨大なプロペラで推進力を得る」という、一般的な船舶とはまったく違う仕組みになっています。海上を飛ぶように進むため、最高速度は45ノット(時速80km強)と通常の旅客船より圧倒的に速く、かつ条件が合えば、浅瀬や陸地を進むことも可能です。
今回就航が予定されている航路(西大分~大分空港間)は、従来の連絡バスだと約60分かかるところを、ホーバークラフトは半分の約30分(+連絡バス)で航行。高速道路上のクルマ並みの速さで、移動距離を大幅にショートカットできるのです。
なお、大分空港のホーバークラフト航路は2009年に一度廃止されており、今回は実質的な航路復活にあたります。大分県は、なぜ世界でも数少ない「ホーバークラフト復活」を選択したのでしょうか。
三井造船「ホーバー辞めます!」やむを得なかった過去の撤退劇
ホーバークラフト復活の経緯を、大分県交通政策課の佐藤睦浩氏に伺いました。また、筆者が各地のホーバークラフト事情・業界事情を補足する形で解説します。
――以前のホーバークラフト航路は、なぜ廃止になったのでしょうか?
佐藤氏:大分県で1971年から38年間にわたって運航されていた「大分ホーバーフェリー」廃止の直接の原因は、景気の低迷による大分空港利用者の減少に伴い、同社の業績が悪化したことにあります。
加えて、大分ホーバーフェリーが保有する船体の建造元である三井造船がホーバークラフトの事業そのものを打ち切り、部品の調達ができなくなってしまったために、事業の継続をあきらめざるを得ませんでした。
※筆者補足
かつては「高速移動・水陸両用での運用が可能な船舶」として普及するかと思われたホーバークラフトも、悪天候による欠航率の高さ、燃費の問題などで、世界中の旅客航路で撤退が相次いでいました。
ただホーバークラフト自体は軍用や災害救助用途で、イギリス・ポーランド・パキスタンなどに納入されているため、あくまで「旅客用として普及できなかった」と言った方がよいでしょう。
――大分市内~大分空港間の航路は、なぜホーバークラフトに決定したのでしょうか?
佐藤氏:道路事情の改善で以前より短縮されたとはいえ、大分空港~大分市内の「連絡バスで約60分」という所要時間はあまりにも長く、以前から海洋アクセスの導入を望む声はありました。
2018年に大分空港の「海上アクセス研究会」を設立し、高速船やホーバークラフトなどの検討を開始。2020年には「ホーバークラフトが最も有効」「上下分離方式(船舶と施設保有は自治体、運航は民間)の採用で収支の確保が可能」という調査結果が県から公表されています。
※筆者補足
全国で「船舶でアクセスできる空港」といえば長崎空港(時津・ハウステンボスから)、中部国際空港(津新港から)など。いずれも桟橋から搭乗口までそこそこ歩く必要があります。
大分空港の場合、以前に大分ホーバーフェリーが使用していた大分空港側の陸地の導入経路がそっくりそのまま残っており、「設備投資を抑えられて、かつ搭乗口の至近距離に船を付けられる」ことも大きかったそうです。
――新しいホーバークラフト航路は、どのような枠組みで運営されるのでしょうか。
佐藤氏:新しい3隻の船舶は、イギリスのグリフォン・ホバーワークから大分県が約41億6000万円で購入。大分空港・西大分のターミナルも県で整備。運航は新会社「大分第一ホーバードライブ」(タクシーなどを運営する第一交通産業の系列会社)が行ないます。
※筆者補足
県の調査結果を受けて、新体制は「上下分離方式」での運営に。操縦士(通常の船でいう航海士)や整備士などは大分第一ホーバードライブが新しく募集をかけ、なかには以前の大分ホーバーフェリーに在籍していた方の実質的な復職もあったのだとか。
実はスゴい! イギリスから来た「新しいホーバークラフト」
前回のホーバークラフト撤退から十数年。その間にも技術は進歩しており、今回大分県に納入されたホーバークラフトは、以前の船体を知る人が「えっ、そうなの?」と驚く要素がいっぱいです。
――新しく就航するホーバークラフトは、以前の船体と比べてどのような違いがありますか?
佐藤氏:以前の船体(三井造船製)は後部のプロペラが3枚羽根だったのが、今回の船体(グリフォン製)では5枚に。大型のプロペラをゆっくり回すことで、推進力を保ったまま走行時の音をかなり軽減。乗り心地も向上しています。
※筆者補足
お披露目会が行なわれた大分市・田ノ浦ビーチでは、海上200m程度まで船体が近づいても、以前の船体なら絶対に聞こえていたはずの「ギィィィィィン!」という爆音がほぼ聞こえず、かつての大分ホーバーフェリーを知る人々が驚きの声を上げていました。
建造元のグリフォンのWebサイトを見ると、大分で就航する「12000TD」で船内に聞こえる音は74dB(地下鉄の車内なみ)とのこと。とても静か……というわけではないものの、昔のホーバークラフトよりはるかに静かで、乗り心地にも期待できそうです。
――世界的にもめずらしい「定期運航されているホーバークラフト」、今後はどのように活用されていくのでしょうか?
佐藤氏:まずは大分第一ホーバードライブの運営のもとに、大分空港への連絡航路としてしっかり定着させることが先決です。加えて、ホーバークラフトを観光資源として捉え、別府湾でのクルーズなどさまざまな活用方法が検討されています。
※筆者補足
イギリスのホーバークラフト航路(ポーツマス市~ワイト島)は、希少価値もあって船そのものが観光資源にもなっているとのこと。以前の大分ホーバーフェリー時代も貸切ツアーで住吉浜・姫島などへの接岸があったとのことで、さまざまな観光活用が期待できそうです。
大分県では、コロナ前に年間200万人程度の大分空港の利用者を、2032年には260万人まで増加させるという「将来ビジョン」を立てています。民営だった以前の大分ホーバーフェリーと違い、上下分離方式で運営されるホーバークラフトが、どこまで定着できるか見ものです。