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“旅の効用”の科学的解明を目指す「旅と学びの協議会」、キックオフイベントをオンライン開催

2020年6月23日 実施

旅の効用の科学的解明を目指す「旅の学びの協議会」発足。キックオフイベントと第1回勉強会をオンライン開催した

 ANAHD(ANAホールディングス)は6月23日、ニューノーマル時代の旅を科学的に検証していく「旅と学びの協議会」キックオフイベントと第1回勉強会をオンライン開催した。

 この協議会は、旅を通じた学びや幸せが人間の成長におよぼす効果を科学的に立証することを目指すもの。代表理事に迎えた立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明氏のほか、東京学芸大学大学院准教授、スタディサプリ教育 AI 研究所所長 小宮山利恵子氏、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 前野隆司氏、駒沢女子大学観光文化学類准教授 鮫島卓氏をコアメンバーとする有識者とともに、教育工学、幸福学、観光学の視点から、人類の歴史も紐解きながら旅の効用を科学的に検証し、旅をニューノーマルの時代における次世代教育の一環として活用することを提言することを目標に掲げている。

 事務局を務めるANAHDでは、旅を通じて学びを変えることを目指すプロジェクトを進めているが、日本の知識詰め込み型の画一的な教育ではなく、変化が激しく、正解のない時代に必要な力を身に着けるための教育へと変えていくために必要な力として、「課題を自ら見つけて創造していく力」「多様な人たちを認め合い、やり抜いていく、かつ自主的に行動的な力」を提示。こうした力は普段の生活――協議会では「(安全安心な)コンフォートゾーン」としているが、コンフォートゾーンで身に着けるのは難しく、「(非日常的な)アンコンフォートゾーン」へ抜け出してこそ身に着くと考えているという。

 そのアンコンフォートゾーンの一つが「移動」「旅」であり、クリエイティビティや幸せを感じる力、イノベーションを起こす力を身に着けるうえでの“旅の効用”について、漠然とよいと思われているものを科学的に検証し、一般参加型の勉強会の開催や、旅の効用を活かした教育体系の提言を行なっていくことを目指している。

 ANAHD グループ経営戦略室 事業推進部 部長 兼 デジタル・デザイン・ラボ シニアディレクターの津田佳明氏は、「航空会社の本業である旅や移動の価値が新型コロナウイルス感染症の影響で大きく変わる。価値がなくなる移動、バーチャルに置き換わる移動、価値が変わらない移動があると思うが、これだけでは移動は減ってしまう。一方で、新型コロナによって新しく価値が生まれたり、価値が再認識された創造されたりするたびもあるのではないか」との考えを述べ、「旅を通じて将来社会を生き抜くスキルを身に着け、人生を豊かに幸せにしていきたいと思っていたが、いまこそ、この構想を実現するチャンスではないか」と、今回の協議会設立の目的を説明。

 また、「小中高校生が年間4兆5000億円ぐらいお金をかけられているが、その一部を、教育の一環として旅にお金をかけるムーブメントができないか。現代版の『かわいい子には旅をさせよ』というムーブメントを起こすことで、夢にあふれる未来作りに貢献できないかと思っている」との将来展望を述べた。

 ちなみに、協議会設立は6月5日に発表し、キックオフイベントと第1回勉強会が6月23日の開催となったタイミング。この時期での発表となったことについて、「構想は以前からあり、コアメンバーから参加の内諾は得ていたが、コロナがあったからこのタイミングとなった」とコメント。現在の情勢は受け手にも理解を得られやすいとの考えも示し、新型コロナウイルスが協議会立ち上げ時期に影響したとしている。

現代版「かわいい子には旅をさせよ」の機運創出を目指す

人類の歴史の19万年は移動していた。「人間は旅こそが普通のあり方ではないか」と出口氏

 旅と学びの協議会 代表理事として、キックオフの冒頭あいさつと第1回勉強会の基調講演を務めたAPU学長の出口氏は、20万年前に生まれたホモサピエンスの歴史のうち、19万年はメガファウナを求めてグレートジャーニーをする歴史であったとし、「定住は人類の歴史では1万年しかない。人間にとっては旅こそが普通のあり方ではないか。そういう根源的な問いから協議会を始めては面白いのではないかと代表理事を引き受けた」とあいさつ。

旅と学びの協議会 代表理事で、立命館アジア太平洋(APU)学長 出口治明氏

 加えて、定住の歴史が1万年であることのエビデンスとして、メガファウナの骨が激減する時期にホモサピエンスの骨が出てきていることを挙げ、「エビデンスに基づかない議論はほとんど価値がない」と指摘。「人々のコミュニケーションは共通テキストがあるからこそ成り立つもので、その最たるものがデータやエビデンス。文化や習慣を越えてお互いに理解し合えるもの。協議会においても、議論の前提になると考えている」とした。

 学びについては、「旅をすることが人類の本来の性格であれば、当然、旅のなかで学んでいったと思う。人間が賢くなる方法は人×本×旅に尽きると思っている」とコメント。両親や学生時代の先生といった身近な「人」から学び、そこから学べない遠くの人、いろいろな人からのナレッジを得るのが「本」であるという。

 そして「旅」は、「人、本はコンフォートゾーンのなかで知識を得ること。旅はコンフォートゾーンを抜け出して学ぶこと」との考えを示し、「人間はホモ・モビリタスとも言われるように移動する生物。移動によって国民国家が形成され、国や地域が変わってきた。移動の自由は単に好きなところに行くというだけではなく、とても大きな意味を持っている。旅、移動は実はものすごく大きな意味を持っている」と問題提起した。

 そして人×本×旅でなにを学ぶのかについて、「ご飯」と「人生」を算式にして提示。ご飯は「材料×調理力」で成り立つとし、人生においては「知識×考える力」になるとの考えを示した。「材料を集めることが知識。それを調理するということは、知識を持っていても現実の人生で使えなければ役に立たない。知識を使うこと、これが考える力」と話し、世界を旅して文化や伝統を目の当たりにすることで、そこの人々の考え方や発想のパターンを真似することから考える力が鍛えられるとした。

 加えて、「真似とは、料理でいえばレシピのとおりに作るところから始まるのと同じであり、これを学んではじめて型破りな発想ができる。人×本×旅から学ぶべきポイントは単なる知識ではなく、考え方やパターンにある」と語った。

旅と学びの協議会 理事で東京学芸大学大学院准教授、スタディサプリ教育 AI 研究所所長 小宮山利恵子氏(右上)、旅と学びの協議会 アドバイザーで慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 前野隆司氏(左下)、旅と学びの協議会 アドバイザーで駒沢女子大学観光文化学類准教授 鮫島卓氏(右下)

 旅と学びの協議会 理事で東京学芸大学大学院准教授・スタディサプリ教育 AI 研究所所長の小宮山利恵子氏もキックオフの場であいさつ。「旅、学び、イノベーションの関係はいろいろな角度から語られているが、一方で、その効果は学術的にはほとんど検証されてこなかった」と指摘。

 そのうえで、協議会では「ニューノーマル時代の旅の価値について研究する」とし、「旅と学びの本質的なことについて研究すること」「オンラインのなかにリアルが包含されている時代において、リアルの価値が変わる。それに伴う旅の価値の変化に着目する」という2点を学術的な意義として提示した。

 また第1回勉強会では、小宮山氏がパネリストを務めて、「旅と学びの関係」や「オンラインとリアルの学びの将来」についてのディスカッションも行なわれた。ここには、旅と学びの協議会にアドバイザーとして参画している慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授の前野隆司氏と、駒沢女子大学観光文化学類准教授の鮫島卓氏も参加している。

 前野氏は、米国への留学経験において知識と体験の違いを感じ、帰国後も日本人のルーツなどについて興味を持ったとし、「移動距離を拡げると学びがあることを身をもって体感している」と自身を紹介。

 リアルとバーチャルの関係については、「人間には適応力があり、Zoomなどもやってみると慣れたという人が多い。音楽もそう。コンサートに行かない音楽の方が聞く機会が多いのではないか。ポストコロナ時代はリアルで旅をするコストが上がる時台。旅は希少価値にはなっていく」と指摘する一方、「ならバーチャルでよいかというと、やっぱり行きたいと思う」とも話す。

 前野氏はカメラが趣味で、大自然が好きというが、ステイホーム期間中に散歩中の道ばたの花や、家の前の雑草に大自然の美しさがあることに気が付いたという。「旅のハードルが上がるからこそ行くよさと、身近なものに目を向けるよさもある。バーチャルの時代では想定外のことが起きにくい。Zoomの会議では参加している人しか会えないが、リアルの会議では思いがけない人が通りがかったりする」と「想定外」を旅の楽しさとして挙げた。

 加えて、単なる観光ではなく、行き先で人に会うことの意義についても説き、「過去の知識にないことを感じられる。過去の知識のある問題はAIの方が得意。そこで人間はなにをすべきかというと、自分だけの個性的な体験をして、旅も仕事も自分らしさを磨いていくとAIに負けない」とした。

 前野氏の現在の研究分野は幸福の分野にあるが、「幸せと旅の関係はまだまだ研究の余地があるので具体的に研究していきたい」と話し、上述の人と接する旅や学びと幸せの相関関係などについて言及。「やるべきことだらけのフィールド」と研究への意欲を示した。

 観光分野を専門とする鮫島氏は、学びと旅の関係について「人類が定住する以前の旅は生きるための旅、移動することが生きるためであり、同時に社会を変えるもの、逃げるものだった。遊動社会においては逃げるという行為は積極的なもの。この価値観の違いは現代と大きく異なる」と述べたうえで、定住社会における旅について言及。

 定住社会では日本でいえば熊野詣でやお伊勢参りがあったような信仰の旅がその始まりであるとし、「旅の道程やプロセスに価値があった。当時の旅行環境はよいものではなく、まさにアンコンフォートゾーン。旅をすることそのものが人間を成長させるものだった」と説いた。

 それを踏まえて、旅の語源の一説に給(たべ)から来ていることや、観光は易経の「国の光をとる」といった別の意味で使われ方で始まっていることを紹介し、「旅は地層のように積み上がっていまがある。そのルーツに遊動する、人々が移動するという意味がある」とした。

 リアルとバーチャルの関係については、「身体的移動を伴ってある場所に行くことは、想定外の出来事や偶発的な出会いなど、我々はセレンディピティと言っているが、これが心を動かすということに影響する」と話し、過去に実施したチェルノブイリ原発へのツアーで参加者から想定外の気付きを得られ、訪れる前のイメージとはまったく違うチェルノブイリの姿を見た経験を紹介。「移動する目的は、事前に得た知識を確認するためだけではなく、再現性のない想定外の気付きや偶発的な幸福を得ることにある。知識の範囲でしか見られないというが、出会いがあることで、それが創造性を生んだり、イノベーションに寄与したりする。遠くに行くことだけが旅ではなく、地元に置かれた記念碑などから知識を得られることもあり、これも十分な旅。(NHKの)ブラタモリがよい例」とリアルな旅の価値を提案。

 加えて、パッケージツアーの衰退についても言及し、「期待されていることを期待どおり見せることに注力しており、顧客満足はあっても感動がない。旅行商品をモノして考えるのはなく、人々の心や体験を重視したものに変えていく必要があると思っている」と指摘した。

 協議会においては、「幸せとはなにか。幸せな旅とはなんだろう。感動を生む旅とはなんだろう、と興味を持って関わっていきたい」と意欲を語り、「移動の仕方そのものやプロセスをもう少し大切にした方がよい。偶発性、想定外を旅のなかにいかに内包していくかが難題」との課題を示した。