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ありのままの福島を観光素材に。日本旅行業協会の勉強会で、第一原発の現状やホープツーリズムの取り組みを説明
2021年10月1日 15:03
- 2021年9月24日 実施
JATA(日本旅行業協会)は、経済産業省、観光庁、復興庁、福島県の協力のもと、「福島の復興と被災地域の観光促進」勉強会を旅行事業者向けに開催した。
2011年3月に起きた東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故の影響で、壊滅的な被害を被った浜通り地方の現在の復興状況を説明し、風評被害の払拭、観光地としての魅力や新たな観光資源を紹介することで興味を持ってもらい、さらなる復興につなげていきたい考えだ。
震災から10年。農業は震災前の90%、漁業は30%の産出量まで回復
経済産業省は現在の復興状況を説明した。震災から10年が経ち、常磐線が全線で再開し、避難指示区域も約30%まで縮小したのに伴い、住民も3割ほどが帰還している。産業については、農業は震災前と比べて90%、漁業は30%まで産出量が回復している状況だ。
避難指示区域については、避難指示解除準備区域、居住制限区域はすべて解除されており、2011年当時、放射線量が年間50ミリシーベルトを超えていた帰還困難区域については、将来的にすべてを解除できるよう、政府としては復興と再生に責任をもって取り組むとしている。
そのなかにおいて、5年をめどに避難指示を解除し住民の帰還を目指すエリアとして、特定復興再生拠点区域を指定。2020年3月に双葉町、大熊町、富岡町の一部を解除し、2022年、2023年に全域の解除を目標としている。放射線量は一部を除き、ほとんどの地域で年間1~2ミリシーベルトほどになっており、日本において自然界から受ける放射線量が約2.1ミリシーベルトとなっているので、さほど変わらない数値になっていると説明した。
海洋放出する第一原発処理水のトリチウムは、WHO飲料水基準の約7分の1
次に福島第一原子力発電所についての説明があった。
燃料溶融のなかった4号機は2014年12月に燃料がすべて取り出されており、3号機も使用済燃料プールから2021年2月に燃料が取り出されている。1号機と2号機は取り出し作業にかかる前段階としてオペレーティングフロアに残ったガレキの撤去作業が続けられている。1号機は2027年度~2028年度、2号機は2024年度~2026年度に燃料の取り出しが開始される予定だ。
一方、1号機、2号機、3号機で溶融して炉心内に残った燃料デブリは、2021年度~2022年度にかけて2号機で試験的に取り出しが行なわれる。廃炉までは30~40年かかる長い道のりだが、もう一つの問題が現在話題になっている処理水だ。
燃料デブリは放射線と熱を出すため常に水で冷却する必要があるが、汚染された冷却水は「多核種除去設備(ALPS)」によってトリチウム以外を規制基準値以下まで浄化処理した「ALPS処理水」としてひとまずは敷地内のタンクに貯蔵されている。
これは風評影響など社会的な影響について検討するための一時措置だったが、現在は貯蔵タンクが1000基を超え、これ以上は敷地内に建設するのが難しい状況になっている。そこで政府は2021年4月13日にALPS処理水を2年程度の準備期間を経て、海洋放出する方針を決定した。
説明では、処理水に残るトリチウムは水素と似ている性質のため水からの除去が難しく、また雨水や海水、水道水などにも含まれており、ごく微量の放射線を発するが体内に蓄積することはなく、水と一緒に排泄されるそうだ。海洋放出する際は、トリチウム以外の核種の再浄化処理を施し、さらに海水で100倍以上に希釈して、トリチウムを1Lあたり1500ベクレル以下、トリチウム以外の核種を規制基準の0.01以下にする。
ちなみにトリチウムの規制基準は1Lあたり6万ベクレル以下で、WHOの飲料水基準では1万ベクレル以下なので、飲料水基準の約7分の1まで下げることになる。トリチウムは世界各国の原子力発電所や再処理工場で法令を遵守したうえで海洋や河川、大気中にかなりの量が放出されていることも紹介された。IAEA(国際原子力機関)でも妥当な処理方法だと評価されており、今後も緊密に連携を取りながら進めるとしている。
風評影響の対応については、科学的な根拠に基づく情報を分かりやすく発信し、放出前と放出後のモニタリングも強化する。水産業をはじめとした影響が予想される産業については、相双機構、JETRO、中小機構などによる販路開拓や販売促進も行ない支援する意向だ。それでも風評被害が発生した場合はセーフティーネットとして、被災者によりそうていねいな賠償を実施すると説明した。
福島誘客のためのコンテンツに経産省が補助金
経済産業省は、11月に予定されている旅行事業者向けの視察ツアーを紹介した。最初に取り上げたのは、福島第一原子力発電所内の見学だ。
個人線量計などを装着する必要はあるが、1号機~4号機の外観を見学できる場所などは、普通の服装でも現在は大丈夫との説明だ。ほか、ALPSや廃棄保管エリアなどをバスから見学し、現在の状況を自らの目で確認しもらいたいと話した。震災関連のアーカイブ施設もいくつかルートに組み込まれている。
東日本大震災・原子力災害伝承館(双葉町)や、東京電力廃炉資料館(富岡町)、特定廃棄物埋立情報館「リプルン福島」(富岡町)などで、災害の記録やこれからの廃炉や埋立処分が学べるという。
民間事業者が手掛ける観光コンテンツもいくつか紹介された。「グリーンパーク都路 ホップガーデンブルワリー」(田村市)では、ホップの収穫体験やクラフトビールの工場見学が可能で、オートキャンプ場もあるので、アウトドア体験ができるようになっている。「高田島ヴィンヤード・かわうちワイナリー」(川内村)では、来年以降にワイン醸造の視察や試飲が楽しめるそうだ。ほか、コンピューター管理されたイチゴ農園やトロピカルフルーツのミュージアム、イワナの釣り堀や新しくオープンした道の駅など14施設が紹介された。
このほか、誘客コンテンツ開発支援のための補助金や広域マーケティング事業に対する補助金を出すことで、民間事業者などに支援を行なっていくことが紹介された。
福島県のありのままの姿を見て考える旅行「ホープツーリズム」。課題は個人旅行
観光庁からは福島県における観光関連復興支援事業が紹介された。2013年度から毎年3億円の予算をかけて支援が行なわれており、内容は「滞在コンテンツの充実・強化」「受入環境の整備」「プロモーションの強化」「観光復興促進のための調査」の4つの柱で構成されている。来年度からはさらに増額し、年間5億円の予算をかけて支援していくとのことだ。
現在進めている「ホープツーリズム」についても詳細な説明があった。ホープツーリズムとは、福島の復興に関わっている人との出会いや福島県の現在のありのままの姿を見て考える旅行を指している。
2016年度からは教育旅行向けプログラムの造成を開始し、2017年度からは企業研修向けプログラムの造成、教育旅行取材活動・発信を手掛けている。2020年度からは被災地を訪れる教育旅行を提供するため、一般旅行会社のニーズを踏まえて現地施設などとの調整を一元的に行なえる「ホープツーリズム総合窓口」を設置したことも紹介した。その結果、昨年度は教育旅行の申し込み件数が約2700件まで伸び、コロナ禍で半数はキャンセルになってしまったが、今後も福島県で教育旅行を行ないたいというニーズは高まっていると話した。
教育旅行は伸びを見せているが、一方で個人旅行者向けのホープツーリズムの強化も課題としており、取り組みとして始めるのがサイクリングを絡めたツアー造成だ。復興事業によって整備された防波堤などを活用したサイクルルートなど、自転車で自然を体験しながら楽しめる道が多くあることから、それらをホープツーリズムのコンテンツとして活かす。そのため、ツアー造成やサイクルスポット整備、ガイド育成などの環境整備を支援していくと説明した。
個人向けと同じく強化したいのが企業向けで、こちらは現在話題となっているワーケーションと組み合わせることで福島県の魅力を伝えたいとしている。温泉地などの観光地とワーケーションをパッケージ化することで集客を図り、そのための環境整備にも力を入れていく考えを示した。
そのほか、ALPS処理水の放出による風評対策として、海に関連する観光推進も図る。海水浴客を快適な環境で受け入れるために老朽化した施設の改修や整備、海の魅力を伝えられるコンテンツの造成、旅行事業者への商談会の設置や販促活動などプロモーションの強化、ビーチの国際環境認証である「ブルーフラッグ認証」の取得支援などにも力を入れていくと紹介した。
復興庁のツアー参加者からは多くの好意的な意見
復興庁からは現在まで福島県で行なわれた取り組みが紹介された。昨(2020)年度に「福島12市町村における魅力ある観光地域づくり等に向けた調査事業」において、地域の幅広い関係者が一体となって観光地作りを行なうことを目的に「福島12市町村における魅力ある観光地域づくり研究会」を設置。
田村市、南相馬市、川俣町、広野町、楢葉町、富岡町、川内村、大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村、飯舘村の観光資源をリスト化し、情報誌などへの掲載依頼を行なってきた。その一環として記者ツアーや事業者向けツアーを企画し、一部は新型コロナの影響で中止になっているが、参加者に実施したアンケートもいくつか紹介された。
一部、「若い女性が来るような魅力的なコンテンツが見当たらない」といった手厳しい意見もあったが、「食事が美味しい」「東北のゆったりとした魅力を感じられる」「原発で何が起こっていたか知ることができる」「現地の人に話を聞くことに意味がある」など、好意的な意見が多く、行ってみて初めて分かる福島県のよさに驚いた人が多く、観光資源が知られていないことからもっと積極的にPRしていく必要があるとしている。
福島県からは、現在の放射線量は一部を除いて主要な都市と変わらないことが改めて紹介された。加えて、福島第一原子力発電所の事故の際に拠点となったJヴィレッジは、企業研修が可能なキャパシティを持つのでホープツーリズムに最適であること、県の方でも助成事業を積極的に展開しているので「福島県教育旅行復興事業事務局」「福島県再生可能エネルギー復興推進協議会」で検索してほしいと話した。
意見交換の場では「ホープツーリズムと名付けて推進していくのは分かりやすいし希望が持てて非常によい。関連省庁には今後も大々的に進めてもらいたい」といった声や、「支援補助をいくつも用意していただいている点は非常にありがたいが、個人向けに適用できるなどのフレキシブルな仕組みも作ってもらいたい」「申し込み窓口が散らばっているので、なんとか一元化できないものか」といった意見も出されていた。
福島復興のツーリズム勉強会は今回初めて開催されたものだが、JATAでは今後も積極的に開催したいとしている。