ニュース
ANAとJAXA、大西卓哉宇宙飛行士の応援イベントを開催
羽田空港のANA格納庫に子供たちと保護者が集合
2016年6月21日 20:37
- 2016年6月19日 実施
ANA(全日本空輸)とJAXA(宇宙航空研究開発機構)は19日、大西卓哉宇宙飛行士を応援するイベントを羽田空港のANA格納庫で開催した。国際宇宙ステーション(ISS)の第48/49次長期滞在クルーとして、この夏ロシアのソユーズ宇宙船に搭乗する大西宇宙飛行士は、以前「JAXA 大西卓哉宇宙飛行士についてANAの同期パイロットに聞く」で紹介したとおり、前職はANAのボーイング 767型機の副操縦士。
今回のイベントはソユーズの打ち上げに向け、子供たちを対象に、大西宇宙飛行士を応援すると同時に航空・宇宙教室を行なうという内容。神奈川県在住の小学校4年生から中学校3年生とその保護者の合計80名が招待された。この日、会場となった格納庫には、ステージと客席、展示ブースが設けられ、その両脇には大西宇宙飛行士に縁が深いボーイング 767型機を配置するという粋な計らいが施されていた。
大西宇宙飛行士のビデオメッセージを紹介
イベントのスタートを切ったのは横浜市立横浜サイエンスフロンティア高校の生徒8名による紹介コーナー「大西宇宙飛行士について知ろう!!」。大西宇宙飛行士の経歴を説明しつつ、「どうやって宇宙に行くのか?」「大西さんは宇宙でなにをするのか?」といったクイズを出題。「どうやって宇宙に行くのか?」では、4択問題で選択肢に「ボーイング 787」が出るなどユーモアを交えた内容だったが、参加した子供たちは真剣な表情で自分の答えに挙手をしていた。
クイズで会場が盛り上がったところに続き、紹介されたのが大西宇宙飛行士のビデオメッセージ。大西宇宙飛行士は「宇宙飛行士に求められる適性は旅客機のパイロットに求められる適性と非常に似ていて、宇宙飛行士のミッションに向けた訓練では私のANAパイロットとしての経験が非常に活きました」と話し、ISS長期滞在中は「きぼう」での宇宙実験やパイロットのバックグラウンドを活かしたロボットアームの操作などで活躍したい、と抱負を述べた。
現役パイロットによる航空教室
続いて行なわれたのが航空教室と宇宙教室。航空教室の講師を務めたのはANAの橋本章機長。大西さんと2回フライトで一緒になり、それが一番の自慢だという橋本機長は、会場の参加者に向かって「皆さん、気軽に『キャプテン・ハッシー』と呼んでください」とお茶目に挨拶。
航空教室では「キャプテンの1日」と題して、機長の仕事の流れを追う形で航空業務について紹介した。そのなかでも特に掘り下げられたのが、出発の70分前に確認しなければならない天気についての話だ。通常、天気予報で見る天気図は「地上天気図」と呼ばれ、パイロットももちろん確認するが、空の上ではまた天気が違ってくるため、上空の天気図もチェックしているという。
橋本機長は会場のモニターに地上天気図と上空1万mの天気図を表示させ、「地上と上空ではまったく違う天気になっており、風向きや風速が違うのでしっかり調べておかないといけません」と説明した。
また、橋本機長は航空機と宇宙船に共通するテクノロジについても解説。その例として、慣性航法装置とヘッドアップディスプレイを挙げた。慣性航法装置は外部の電波を使わずに搭載するセンサーで自機の位置や方角、速度を算出する機器だが、アポロ宇宙船にも使われていたという。また、ヘッドアップディスプレイは現時点では旅客機においてはボーイング 787型機と737型機の一部で使われているが、スペースシャトルでは30年以上前から使用されていたと説明した。
航空教室は、ほかにもジェットエンジンに使われている燃料「ケロシン」がストーブに使われる灯油とほぼ同じということや、航空機が空を飛ぶ仕組みなど、旅客機や飛行についての知識の紹介。さらに、着陸時の機体の角度についてのクイズを行なうなど、20分という短い時間ながらもバラエティ豊かな内容に。
最後に、橋本機長は来場した子供たちへ向け「夢を実現するために大切なこととして、ある言葉をプレゼントしたいと思います。『いま、自分が任されていることを全力でやることだと思います』。大西宇宙飛行士がANAを去った2009年に我々にそう言い残してくれた言葉です。すべて全力でやればいつか夢は必ずかなうんだよ、という意味じゃないかと思います」と話し、航空教室を締めくくった。
「きぼう」のフライトディレクタによる宇宙教室
航空教室の次の宇宙教室において講師を務めたのが、国際宇宙ステーションの宇宙実験棟「きぼう」の運用管制を8年間行なっているJAXAの西川岳克フライトディレクタ。同氏はまず、宇宙と国際宇宙ステーションについての説明からスタート。宇宙の始まりが地上100kmからだが、国際宇宙ステーションが地上400km上空を秒速8kmというスピードで地球を周回しており、90分で地球を1周するという。
国際宇宙ステーションの大きさは幅が約110m、奥行きが80mくらいで、旅客機の大きさに例えると、ボーイング 767型機が横に2つ並んだほどとのこと。また、宇宙飛行士がいる船内のボリュームは、ボーイング 747型機の機体ぐらいの大きさとのこと。
また、西川フライトディレクタは「きぼう」の棟内外で行なわれている実験についても解説。「いま、JAXAが力を入れているのが、薬を作るために必要なたんぱく質の結晶を宇宙空間で作っていること」と話した。重力の影響が少ないと、結晶の構造がよく分かる大きさのものを作ることができるためだという。
ほかにも、宇宙で生活するのは体にどのような影響があるかをマウスで研究を行なう、新しい宇宙船を作るときに使う素材を宇宙空間に曝露してその影響を研究する、といった実験も。さらには、きぼうのエアロックとロボットアームを使って、超小型衛星の放出も行なっているという。
そして宇宙教室では、宇宙飛行士と運用チームの連携についての話もあった。国際宇宙ステーションは通常たった6人で滞在し、できることが限られるため、地上から宇宙飛行士を助ける作業をしているとのこと。例えばきぼうの場合だと運用管制チームは、電力・通信担当、環境・熱制御担当、船内活動支援担当、ロボットアーム担当、実験運用担当、計画担当、地上のシステム担当、交信担当と8つのチームに分かれてサポートしているそうだ。
宇宙教室のラストはクイズで締めくくり。出題内容は、「国際宇宙ステーションの宇宙飛行士がどの時間で生活しているでしょうか?」というもので、1番がアメリカのヒューストン、2番は宇宙飛行士が所属する国の時間、3番は世界標準時という3択問題。正解は3番の世界標準時だったが、難しそうな問題にもかかわらず意外にも3番に手を挙げていた子供たちが多かった。
航空と宇宙の共通点を見つけ出すディスカッション
イベント後半には橋本機長と西川フライトディレクタによるディスカッションの時間が設けられ、航空・宇宙ともに共通する「安全」「訓練」「仲間」と3つのテーマが語られた。「安全」では西川フライトディレクタがJAXAの「宇宙と空を活かし、安全で豊かな社会を実現する」を、橋本機長がANAの経営理念である「安全は経営の基盤であり、社会への責務である」を紹介し、どちらも「安全」がキーワードであることを確認。
「訓練」においては、西川フライトディレクタは「宇宙でやる仕事は一人でできなくて、宇宙飛行士だけではなく、地上の管制官や実験をするためには研究者、いろんな装置を直すにはエンジニア、とたくさんの人が関わっています」と話し、人の連携をうまく行なうことでミッションを成功させるという考え方がとても大事になると説明。また、西川フライトディレクタは、大西宇宙飛行士はソユーズにおいて、船長の左側に座り操縦を補佐する副操縦士的な役割の「レフトシーター」を務めると紹介した。
橋本機長は「訓練というのは、パイロットの世界は競争ではないんですね。同期という仲間がいますから、仲間で一緒になって同じ結果を残すのがもっとも大事です。また、自分が失敗したことを人に言うのはかっこ悪いのですが、そうではなく失敗したことを知らせて仲間が失敗しないようにします」と、仲間意識の大切さを強調した。
最後のテーマである「仲間」では、西川フライトディレクタは「宇宙ステーションの宇宙飛行士は6人しかいないので、その6人で協力し合わないとミッションが達成できません。また、専門性の高い実際の運用管制チームがたくさんあり、チームが連携しないとうまく作業は進まないのです。運用者以外に、実験に関わる研究者やエンジニアの方々と宇宙をうまくつながないといけません。また、日本以外にもアメリカ、ヨーロッパに運用管制官がいるので、その方々とも連携が必要ということでコミュニケーションがとても大切になります」と連携の重要性について改めて説明。
橋本機長は、利用者に航空券を買って空港に来ていただくところからがANAの仕事だとしたうえで、「チケットを売ってくださる方から、空港のチェックインカウンターのスタッフ、客室乗務員とか整備士の皆さん、あるいは一緒に操縦する副操縦士、彼ら全員に気持ちよく仕事してもらってこそ、安全で気持ちがいいフライトができるというふうに考えております」と話した。
4つのテーマの学習ブースに子供たちが集合
今回、イベントの会場には「技術」「車両」「食」「展示」の4つのブースが設けられ、ディスカッション後に参加者は4チームに分かれて各ブースを回り、ANAやJAXAスタッフのレクチャーを受けた。
「技術」ブースでは実際にANAで実際に使われている工具を展示。エンジン整備用の巨大なレンチを実際に子供が持ってみて重さを体感するといった場面があった。また、JAXAのスタッフからは宇宙ステーション補給機「こうのとり」の模型がディスプレイされ、実験装置はもちろん、ネジや工具もこうのとりで運搬するという解説が行なわれた。
「車両」において、ANAではトーイングトラクターやハイリフトローダーなど、空港でおなじみの車両とその役割について紹介。JAXAの方では、種子島宇宙センターで整備組立棟から発射点までH-IIAロケットを直立したまま自動制御で移送するロケット専用運搬台車「ドーリー」を写真で展示した。
また、会場で最も子供たちの注目を集めたのは「食」。ANAではもちろん機内食、JAXAでは宇宙食を展示。客室乗務員が機内食用の袋入りパンを子供たちに持たせ、気圧で袋が含まないように細かい穴が空いていると説明するシーンも。一方、JAXAのスタッフはさまざまな国の宇宙食があるなか、日本からの宇宙食は国際宇宙ステーションでも評判がよく、特にカレーが人気だと語った。
最後の「展示」ではJAXAが宇宙服・ロケット模型などの展示する一方で、ANAでは紙と木材で作った手作り感があるコックピットを使い、現役パイロットが子供に計器や操縦について説明するというユニークな展示が行なわれた。また、ブースには大西宇宙飛行士への寄せ書きコーナーも設置。参加者はペンで思い思いのメッセージを書き込んでいた。
イベントのラストとして、大西宇宙飛行士への寄せ書きを囲んで参加者とANA・JAXAのスタッフによる記念撮影が行なわれたが、撮り終えたところで最後の最後にサプライズが。格納庫の扉が開き、何と「R2-D2 ANA JET」がお目見えしたのだ。大西宇宙飛行士が「スター・ウォーズ」好きということから行なわれたという。これには参加者も驚きだった。
今回のイベントは大西宇宙飛行士への応援が目的であると同時に、航空と宇宙について学べる貴重な場だったといえるだろう。今回の参加者は教室で真剣に講師の話に耳を傾け、ブースでのレクチャーでは熱心に質問するという子供が多く、空や宇宙への関心の高さがうかがえた。
なお、ANAではあらためて7月7日の打ち上げ予定日にも大西宇宙飛行士の応援イベントを計画しているとのことだ。