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JALの整備を受け持つJALエンジニアリングのマイスター制度とは?

約3000名中数名のトップマイスター、小久保吉純氏に聞く

 JAL(日本航空)の整備を行なっているのがJALエンジニアリング。これまで同社については、Car Watchで「JALエンジニアリング 部品サービスセンター」「ディアイシング作業」「エンジンメンテナンスセンター」などを整備やクルマの観点から取り上げてきた。今回、トラベル Watchでは、同社で取り組んでいる「マイスター制度」についてお届けしていく。

 このマイスター制度については、JALエンジニアリング 羽田航空機整備センター 運航整備部 国内発着整備室 マネジャー 小久保吉純氏にお話を伺った。JALエンジニアリングは、全体で約4000名。現業部門には約3000名の社員が所属する整備会社。JALの航空機整備が主な仕事だが、日本に乗り入れる外国の航空会社の整備なども一部行なっている。

 小久保氏は、都立航空高専の航空原動機科を卒業。その後、航空自衛隊に入り、F-4EJ ファントムII戦闘機などのエンジン整備を担当した。自衛隊退職後、東亜国内航空に入社。会社の合併を経て、現在は日本航空より出向し、JALエンジニアリングに勤務している。

株式会社JALエンジニアリング 羽田航空機整備センター 運航整備部 国内発着整備室 マネジャー 小久保吉純氏

――JALエンジニアリングの日々の仕事について教えてください。

小久保氏:元々日本航空の整備本部だったものが。JALエンジニアリングという会社になりました。一番分かりやすい仕事としては、現場整備、航空機の整備になります。まず、私も所属している「発着整備」。これは日常お客さまの目に触れる仕事をしているスタッフで、飛行機の発着時に整備を行なうものです。それから、日々の運航が終わった後、ハンガー(格納庫)で航空機のタイヤの交換などメンテナンスを行なう「運航整備」があります。そのほかでは、格納庫で実施している「重整備」、これはクルマで言えば車検みたいなものです。2年に1度くらい実施しています。これは「SHIP(シップ)整備」とも言います。

 整備について整理すると、1回の運航ごとに行なう整備を「T整備」といい、Tはトランジット(Transit)を意味しています。1日ごとに行なう整備は、「オーバーナイトT整備」といい、通常のT整備に加え点検項目を増やしています。

 それから「A整備」があり、これは機体をハンガーに入れて、1日から半日ほどかけて整備をするものです。T整備ではエンジンの中を開けないのですが、このA整備ではエンジンの中を開けて整備します。ここまでが運航整備の範疇になります。

 A整備の上がC整備になり、一定時間飛んだ航空機には必ず実施しています。A整備よりも時間をかけて、より多くの部品まで確認していきます。それより大規模なものが、先ほど話した重整備になりますね。

 私たちは航空機をシップと呼んでいます。これは船の英語名と同じ言葉であり、航空機は船から来ている言葉が多いのです。キャプテン(機長)などもその1つです。

 このシップ整備のほかに、SHOP(ショップ)整備があり、これは機体ではなく装備品の整備になります。たとえば、エンジンや航空機に搭載されているコンピュータなどです。機体から取り下ろしたエンジンを、分解&点検し、交換が必要な部品は交換していくものです。コンピュータについては、テスト機器に接続し、どこかわるいところはないか確認していきます。

 JALエンジニアリングでは、これら整備部門のほかに技術部門があり、これはボーイングなど機体メーカーと技術的なやりとりをする部門になります。例えば、ある機種の部品変更があったりしたときなどの、部品変更の詳細や、整備する際のマニュアルのアップデートなどを行なっています。

 あと、付け加えるとするならば、JALの航空機だけでなく、外国の航空会社の整備なども行なっています。羽田空港でも多数の外国の航空会社の整備を受託しており、羽田に外国の航空会社の機体が到着した際にJALエンジニアリングのスタッフが対応するのを見ることができるかもしれません。

――外国の航空会社の整備を受託をしているとのことですが、JALが外国の空港に到着した際などの整備は逆に外国の航空会社が行なっているのですか?

小久保氏:海外でもJALが就航している空港で、JALの整備士が1人もいないことはありませんが、作業をほかの航空会社に委託している空港もあります。

――今回のテーマとなるマイスター制度ですが、そもそもマイスター制度とはどのようなものですか?

小久保氏:JALエンジニアリングは、JALの整備系グループ会社4社の統合で誕生しましたが、統合前の2007年10月に最初のマイスターが認定されました。その後、2010年に現行のマイスター制度が整備され、2011年1月に現行のマイスター制度によるマイスターが認定されました。

 この制度は、“航空機整備の専門性の深化”と“後進への(技術の)伝承”の2つを軸にしています。それまでは、整備の専門職としての技量だとか、知識だとか、経験だとかを評価するものは社内になかったのです。

 マイスター制度は3段階のグレードに分かれています。内部ではG1、G2、G3と略称で呼んでいるのですが、G3が“エキスパート”、G2が“マイスター”、G1が“トップマイスター”という名称になります。

――小久保さんは、その中でトップマイスターにあたるとのことですが、トップマイスターは約3000人の中で、何名が選ばれているのでしょうか?

小久保氏:2名となります。このマイスター制度は通常の整備士資格とは別の資格となります。

 航空機の整備士としての基本的な資格は、社内の整備士としての認定制度になります。これは、初級整備士、2級整備士、1級整備士とあります。それに加えて、国土交通省による国家資格の1等航空整備士というものがあります。この1等航空整備士を取得した人を対象に、社内制度として確認主任者というものがあります。この確認主任者には、ライン確認主任者と機体確認主任者があります。

 ライン確認主任者の資格があると、航空に関する法的書類の記録が可能になります。航空機が飛ぶときには、フライトログブックという飛行日誌の記録が義務づけられています。確認主任者であれば、このフライトログブックに“整備士としてこの機体には問題がありません”というサインをする資格を得られます。このフライトログブックには、フライトごとにパイロットなど乗務員と整備士の両方のサインが必要になります。

 機体確認主任者は、航空機の重整備の最終確認を行なう資格者です。車の車検と同じように、航空機は数年に一度重点的に整備・点検を行なうのですが、その整備が確実に実施されたという公的書類にサインを行なうのが機体確認主任者になります。

――いろいろな資格があるのですね。一般的に整備士のキャリアパスはどのようになっているのでしょうか?

小久保氏:会社に入ると、まず新入社員として一般的な訓練を受けます。資格としては、初級整備士、2級整備士、1級整備士と取得していきますが、私が携わっている運航整備部門では、1級整備士になるために国家資格である1等航空整備士を取得します。1級整備士とライン確認主任者の資格を2つ持って、やっと一人前の整備士となります。

 今は、専門学校を卒業して、20歳くらいで入社されます。早い人、遅い人はいますが、この一人前になるころには30歳を過ぎてしまいます。ほかのスタッフと一緒に作業をするので、航空機の整備はそのものはできますが、やはり一人前になるには時間がかかります。

 1級整備士として一人前になった人間が、7年の経験を積んだ後、初めてマイスター制度にエントリーができるのです。

――マイスター制度は自己申告制度なのですか?

小久保氏:マイスター制度の入口となる“エキスパート”に関しては、自分からエントリーするものになります。それ以上の、“マイスター”“トップマイスター”については他者からの推薦になります。

 この3つの違いは、“深度の違い”になります。一番見ているところは、「専門性」と「行動」になります。専門性は整備技術になりますが、行動というのは日常の仕事ぶりに加えて、後進の指導という要素が入ってきます。

 例えばエキスパートに関しては、エントリーシートの記入があり、自分はどのようなことができるか、どのように後進の指導をしているのかなど、小論文を書いてもらいます。それらの論文や普段の仕事ぶりを判断し、「自ら動いているか」「後進の見本になっているか」などの力を見ています。

 これは、他者推薦となるマイスターやトップマイスターも同様で、それぞれの“深化”の度合いが異なることになります。

――資格取得というと何らかの試験があってというイメージを持ちます。技術に関する部分では、エンジンを規定時間以内に分解し、組み立てるなどの課題があるのでしょうか?

小久保氏:そういう形の試験ではありません。技術については、国家資格である1等航空整備士を取得するときに確認されています。例えば、シミュレータを使い、エンジンのトラブルを再現して、それに対処できるかなどです。日本語で言うと“故障探求”、英語では“トラブルシューティング”になります。

――すると、マイスター制度というのは人間性を見る資格になるのですか?

小久保氏:とくに技量試験が設定されているわけではありませんが、評価シートに基づく評価と面談により審査が行なわれます。評価シートは、マイスターとして求められる整備士像に基づいて評価項目を設定しており、「行動面」と「専門知識・技能」の2つの評価基準に基づいて審査を行なっています。「行動面」は上司が、「専門知識・技能」は候補者の普段の仕事ぶりをよく知る審査員によって評価を行なっています。高度な専門的スキルとともに、後進への技量伝承力を普段から発揮できているかを評価・認定しています。そういう意味では人間性も大いに関係していると思います。

――エキスパート、マイスター、トップマイスターは“深度の違い”という話がありました。具体的にはどのように異なるのですか?

小久保氏:私がいつも持ち歩いている手帳に書き留めている言葉があります。「誠実さと思いやりのある誇り高い技術者であり続けます」。私はこの文章こそがマイスターの人間像を現わしていると思っています。私は常にこれを目指してきました。誠実さというのは、正確な整備が必要とされる整備士は、常に持ち合わせているものです。

 ですが、“思いやり”“誇り高い技術者”については人によって異なる部分があります。私はこの2つに一番気を遣って仕事をしています。思いやりは難しいです。私が現在行なっている仕事はジョブコントローラーと呼ばれる仕事です。この仕事は、ある事象が起きたら、どのように解決していくのかスタッフに示唆していく仕事になります。

 この仕事を進めていくのに大切なのが思いやりです。ある事象が起きたときに必要となるのが各部署との調整です。各部署それぞれに都合があり、各部署それぞれにやり方があるわけです。とくに組織の大きな会社なので、横の繋がりは大事にしなければならないのです。問題の解決には、現場と現場の調整が必要になるのですが、相手の仕事を理解して、相手が何を求めるのかというこを理解して進めないと、間違いが起きたり、時間がかかったり、「あれっ、どうでしたっけ」みたいな問い合わせをもらったり、ということが起きます。そういうことのないようにしています。

 私たちの中では、“確認会話”という言葉があります。これは「何か自分で疑問に思ったら必ず確認しましょう」ということを指します。“こうだろう”“ああだろう”で物事を進めないでくださいということです。

 例えば、座席でリクライニングシステムのトラブルがあった場合、何便の機体で何番の座席がトラブルなのか正確に伝えなければならない。リクライニングできなくても固定すれば飛行には問題ありません。ただ、その状態を正確に各部署に伝えることで、旅客システムではその座席の販売を極力控えることができますし、すでに予約されている座席の場合、お客さまに事情を伝えて座席変更していただけるかもしれません。

 もちろん、リクライニングの故障を直すことが大前提なのですが、直すことで生じる遅延と、このほかの状況を総合的に判断します。

 この判断に必要なのが経験です。「直すことができるのか?」「直すとすればどのくらいの時間がかかるのか?」「ほかの機材に変更した方が早いのか?」などの時間を見積もることができるかどうかです。専門性の深化という部分で、どれだけ正確な見積もり時間を出せるかになります。これが、ベテランとの大きな差になってきます。

 エキスパートレベルであれば、この作業時間の見積もりはできるようになっていてほしいです。マイスターレベルであれば、個々の作業者の時間をしっかりコントロールしてほしいです。この時間というのは難しくて、あまり時間、時間というとミスが起きてしまうことになりかねません。ミスしないのは当然として、ミスをしないような時間の管理が必要になります。

 これらができることが、私が思う運航整備のマイスターの基準になります。そのほか、エンジン整備のマイスター、機体整備のマイスターなどは、また別の基準で評価されています。

 “技術”というのは、マニュアルを整備して、教えていけば次代のスタッフに伝えることができます。ところが“技能”というのは、後進の人柄それぞれを見て伝えていく必要があります。マイスター制度はその“技能”を伝えていくものだと思っています。

――正確な作業時間見積もりという話がありましたが、そのまま直すか、それとも機材変更をするのかという部分は、どのような形で判断されているのですか?

小久保氏:例えば、私ども(運航整備)の部門で作業時間を見積もり、「作業に2時間かかるから、別の機体を用意してください」というリクエストをあげています。ボーイング 777型機の場合、JALの国内線では最短50分で次の便への運航整備を行なっています。もちろん便によっては、1時間半ある場合もありますが、最短では50分です。便が到着して、そのお客さまがすべて降機した時点では、すでに30分程度かかっています。残りの時間で、クルーが乗り込んで、燃料を積んで、荷物を積んで、点検しています。別の機材を持ってくると、燃料を積んで、荷物を積み替えて、点検してとなると、だいたい30分~1時間遅れてしまいます。それらの時間と修理時間を比較して総合的に判断しています。

 これは単純な話ではなく、実際にはボーイング 737でトラブルがあり、ボーイング 767で振り替えようとすると、座席配置に加え、運航に必要となるCAの人数、それに機種によって異なる操縦免許を持っているパイロットも必要となります。それらのスタッフがいるかどうかも必要になります。これらの判断は、「オペレーションコントロールセンター(OCC)」で行なうのですが、機種変更をするとどのくらい時間がかかるのかもポイントです。

 「違う機材だとこのくらい時間がかかるよね」「同じ機材だとこのくらいの時間がかかるよね」ということも知っておく必要があります。

 また、いざ機材を変更しなければならない場合でも、細かな配慮をすることで遅れる時間を短縮できます。ある機材が故障した場合、その機材の置いてあるスポットと近い場所に代わりの機材を持ってくることで、遅れる時間を縮められます。極端な話、隣のスポットに変わりの機材を持ってくれば、乗り換えのお客さまの無駄な時間は最小ですみます。実際にそのような対応をしたこともありました。

――航空機のトラブルの話がありましたが、航空機のトラブルで多いものはなんですか?

小久保氏:例えば鳥が航空機とぶつかるバードストライクは多く報告されています。これは管制から報告が入ってきます。報告があった時点では自社の機体か他社の機体か分かりませんが、機体を点検整備できるように準備は始めます。

 当たり前ですが、飛行機は前を向いて飛ぶので、バードストライクの際は前面から見えるところにダメージを受けます。主翼のリーディングエッジ(前縁)や、エンジンのノーズカウル、コクピットのウインドシールドなど。また、ぶつかるのは(高度の下がった)着陸のときが多いので、前脚や主脚の前面に当たることもあります。

――そうしたバードストライクの際の整備はどのように行なうのですか?

小久保氏:まず、最初に行なうのはパイロットへのヒアリングになります。たとえば、「どこで当たりましたか? アプローチ(滑走路への進入)のときですか? ランディング(滑走路への着陸)のときですか?」などです。もし、アプローチであれば羽田の場合洋上になるのですが、ランディングであれば鳥が滑走路上に落ちている場合があるので、(空港会社が)滑走路を確認する必要があります。

 その後、鳥が当たった個所の点検を行なっていきます。当たった個所については、これまでの経験もありますし、ボーイングが作っているマニュアルにもバードストライクに関する項目があり、点検についての記載があります。この点検ポイントについて記載指定するのが、“AMM”と呼ばれる「エアクラフトメンテナンスマニュアル」です。小さい鳥だと影響があることはないのすが、大型の鳥、例えば「トビ」ですと、凹んだりすることもあります。

 一番問題となるのはエンジンに鳥が入った場合で、エンジンに鳥がぶつかると前面のファンブレードにダメージが発生し、その後遠心力でエンジンカウルの内側に飛んでいきます。そのため、音を吸収するためにあるエンジンカウルの内側の小さな穴が開いている個所(パンチングメタルの個所)にダメージを与える場合があります。ダメージが発生した場合はその個所の部品交換が必要になりますので、機材(航空機)を交換します。

 この機体に影響が出た際に、判断の元になるのが、やはりボーイングが用意している“SRM”、「ストラクチャリペアマニュアル」です。このSRMを参照し、航空機を交換するというジャッジメント(判断)を、いかに的確に行なうかが大切になってきます。

――ジャッジメントは、どなたが行なうのですか?

小久保氏:整備士になります。ライン確認主任者です。ボーイングのマニュアルには、どの程度の影響があった場合に、どのような作業を行なうのかまで記載がありますが、それをすべて確認する時間と、別の整備を終えている機体と入れ替える時間と、どちらがお客さまに影響がないのか判断することが大切となります。

 機体そのものが飛んでよいのかよくないのか判断するのはライン確認主任者ですが、機体を交換すべきかなどの判断は、ライン確認主任者、その上位の整備士、JALの運航を司るOCCを含めて行ないます。

 具体的には、整備チームから「この機体は整備が必要となったため入れ替えてください」というリクエストを上げると、OCCのほうで「では、この機体と入れ替えましょう」という判断を行ないます。

――JALは予備機がたくさんあるのですか?

小久保氏:それほど贅沢な会社ではないので、そんなにはありません(笑)。ただ、整備を終えた機材があるかもしれませんし、国際線の機材があるかもしれません。そういうのをうまく使って、やりくりをする場合があります。

 国際線の機材を国内線で使うには、外航機と内航機の切り替えなどがあり、それらの申請手続きなども必要になってきます。これも先ほどの話と関連するのですが、予備機がどこにどのような状態であるのかも把握しておくことも、マイスタークラスには必要です。

――マイスターの話に戻りますが、マイスターは外見から分かるのですか? また、マイスター制度ができて変わった部分などはありますか?

小久保氏:マイスターおよびトップマイスターになると、小さな袖章をもらうことができます。小さな袖章ですが、外見から分かるため、大きな誇りとなっています。また、マイスター制度ですが、技能の伝承ということを制度の目的に掲げています。そのため、マイスター制度ができてからは、みんなが技能の伝承を意識して仕事をするようになりました。

トップマイスターの袖章

 ただ、マイスターであれば、後進の指導に関しては、人の個性を見つつやっていただきたい部分もあります。マイスターに認定された後も、定期的に審査は行なわれており、日々の行動によっては降格や取り消しが行なわれます。私はトップマイスターですが、トップマイスターについても、当然ながら降格ということもあり得ます。


 現場で約3000名が働くJALエンジニアリングの中、2名しか認定されていないというトップマイスター。小久保氏はその選ばれたトップマイスターの1人になる。インタビューしていて感じたのは、言葉に力強さがあることだ。整備に対する真摯な取り組みがあり、その上で、若いスタッフに技術や技能を伝えていかなければならない、見本にならねばならないとの思いがこちらにも伝わってきた。

(編集部:谷川 潔)