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GPSで「標高」を測位可能に。国土地理院、日本初の航空機による重力測量スタート

自動運転やドローン運航を支える「次の新しい社会を支える目に見えないインフラ」を構築

2019年7月22日 開始

国土地理院が空からの重力測定「航空重力測量」をスタート。セスナ208型機に積まれた航空重力計で、4年間をかけて全国を測量する

 国土交通省 国土地理院は7月22日、日本全国の重力データを航空機を用いて測量する「航空重力測量」を開始した。航空重力測量は日本初の取り組みとなり、同日、関東地方の拠点となる調布飛行場に関係者が集まり、出発式を行なった。

 今回の航空重力測量は、山岳部や沿岸海域を含む広域の重力データを効率的に整備するために行なわれるもの。重力データを測量する目的は、正確な「標高」を得るために必要となるからだ。まずは、その理由をおおまかにまとめておきたい。

GPSの高度は「標高」ではない。重力が影響する「ジオイド高」による補正が必要

 今回の国土地理院の取り組みで測定を行なう「重力」は、ニュートンの万有引力の法則で知られるとおり地球上のすべての物体に働く力となるが、さまざまな影響により場所によって重力の大きさは異なる。例えば地球の自転の影響が挙げられ、これにより地球がやや楕円形となっていたり、遠心力が働いたりする。遠心力を例に取ると、自転軸に近い地域は遠心力が小さいため重力が大きく、逆に赤道付近は遠心力が大きくなることから重力が小さくなるといったことになる。

 日本国内でも北海道と沖縄では重力に約0.15%の違いがあり、重量計で同じ物体を測定すると1kgあたり1g以上の違いが生じるという。地域設定を行なえる重量計があるのはそのためだ。また、地中の物質によって地表に働く重力に違いが生じることもある。このように重力のデータは生活に密着した部分でも必要になることから、国土地理院では全国の重力データを提供している。

 この重力の測量には、絶対的な重力値を計測して基準重力点を設定するものと、その基準重力点との相対値を計測するものがある。重力データは1975年に策定した「日本重力基準網1975(JGSN75)」が長く使われてきたが、2016年に約40年ぶりとなる最新データ「日本重力基準網2016(JGSN2016)」を公開している。

「重力」について
国土地理院による重力データの提供と測量方法について

 一方、「標高」とは「水準面からの高さ」と定義され、水準面は平均海水面(一定時の海水面を測量した平均海水面)を0mとした基準となる。日本では東京湾の平均海水面が基準となっているほか、基準となるオブジェクトとして国会前庭(旧日本陸軍 参謀本部 陸地測量部跡地)に日本水準原点が設けられている。この水準面も実は重力の影響によって高さが異なっている。

 また、地上には水面というものが存在しないが、水準面に極めて近い面として参照するための「ジオイド」と呼ばれる基準面を設定している。このジオイドの高さ「ジオイド高」は重力のデータを元にして決定することができる。日本のジオイド高は、全国にある電子基準点(GPSデータの観測点)や衛星測位システムによる測量結果から、水準測位によるデータ補正を行なったものを2011年モデルとして公開している。

 ジオイドの高さが必要になるのは、主にGPS/GNSSや「みちびき」などの準天頂衛星などで高さを測量した場合だ。人工衛星による測量で求められる高さは、地球をおおまかな楕円体としたモデルを基準にしており、重力の影響が加味されていない幾何学的な形状(これを楕円体高と呼ぶ)しか把握できない。スマホアプリによるGPS高度の数値と、地図に載っている標高の値に大きな違いがある経験をしたことがある人もいると思うが、(GPS/GNSSの誤差のほかに)GPSの高さのデータに対してジオイド高による補正を行なわないと正しい標高にならないためなのである。

「標高」について。GPSでは地球を楕円形としてモデル化した楕円体高による幾何学的な形状しか取得できず、重力の影響を加味した「ジオイド高」が必要となる。そのジオイドモデルを作成するために全国を重力測定する必要がある

ジオイド高が高精度ならGPSを使った測量で高精度な標高を算出可能に

航空重力測定について説明した国土交通省 国土地理院 測地部 測地技術調整官 矢萩智裕氏

 標高の決定にあたって、国土地理院ではこれまで地上による水準測量という、手作業に近い測量方法で実施してきた。極めて精度が高い測量方法である一方で、標高を記録している「水準点」は全国に1万7000点が設定されているが、全国の測定を行なうために約25年間かかるという時間とコストを要する作業となっている。近年では、東日本大震災の際に広域的が土地の沈降が発生。復旧・復興に向けた都市計画の策定などのために新たな標高が必要となったが、その再決定に約7か月を要した。にも関わらず、そののちには沈降した土地が隆起する事態も発生。より迅速に標高を測量することは災害後の復旧・復興のためにも重要になる。

 そこで活用が検討されたのがGPS/GNSSや準天頂衛星などを用いた衛星測位である。先に触れたとおり、人工衛星では楕円体高しか取得できない。その補正のために高精度なジオイドモデルを作る必要があるが、地上での測量には時間とコストがかかることから、航空機による測定で効率的に重力を測量しようというのが今回の取り組みとなる。

 飛行機を使うことで広範囲を効率的に測れ、地上測位ではたどり着けない山岳部や沿岸海域も測量できるのがメリットとなる。ちなみに、地表の高さが変化してもジオイド高はほとんど変化しないという特性があり、東日本大震災の際には地表面では最大1.2mの沈降が発生したが、陸域のジオイド高変化は最大で-18mmに留まったという。高精度なジオイドモデルさえあれば、大震災後の土地の沈降/隆起が発生後に、GPSなどの衛星測位で広範囲を短期間で測量し、新たな標高を決定できるようになるわけだ。

 飛行機内での測量は、地上で行なう相対重力測定とほぼ同じで、ばねを用いた重力計を利用。ばねが常に一定になるように働く力を数値化するセンサーを備えている。測量にあたっては、調布飛行場のスポットに設けられた重力点のうえで30分間計測し、上空での計測後、校正のために着陸後にもスポットの重力点で計測するという作業が行なわれる。

 また、正確なデータを取るために飛行中の振動や高度の変化などを正しく把握することが課題となるが、そのために、重力計は振動を打ち消すためのジンバルに乗せられているほか、GPSで飛行機の動き、ジャイロセンサーや加速度センサーを備えたIMU(慣性航法装置)で揺れや傾きなどを検出。こうしたデータを正しく把握できる(=補正ができる)ようになってきたことが、航空重力測量の実現にあたっての重要な背景にあるという。

 言ってみれば、GPS/GNSSや準天頂衛星などの衛星測位システムで取得したデータを標高として活用するためには高精度なジオイド高が必要となるが、そのジオイド高をモデル化するためのデータを効率よく収集するための基盤技術の一つとして衛星測位システムは不可欠な存在であるというわけだ。

国土地理院による航空重力測量について
航空重力測量の計画

 国土地理院では今回、航空重力測量により2019年度から4年間をかけて離島を除く日本各地でデータを取得。2019年度に関東と中部、2020年度に東北と近畿、2021年度に北海道西部と中国・四国、2022年度に北海道東部と九州で測定し、2024年度までに航空重力測量によって取得した重力データを含めて解析した高精度なジオイドモデルを構築する予定。2019年度の測量結果は2020年度中にベータ版として公開し、利用者の意見を聞きながらブラッシュアップしたいとしている。

 運航は航空写真撮影による航空測量を行なってきた共立航空撮影が担う。機体は同社が保有するセスナ208型機で、通常はカメラを取り付けるために機体下部に開口部があるが、重力測量では使用しないためにここを閉じて飛行する。なお、最初に行なわれる関東エリアの測量では調布飛行場を拠点とするが、そのほかの地域ではそれぞれの地域の空港を拠点にして実施するという。

 計測範囲は約10km間隔の主測線、それと交差する副測線を設定しており、1度の飛行で約200kmの主測線を往復、つまり約400kmの飛行範囲を計測。4年間の総飛行距離は約9万7000kmで、地球を2周以上する距離に達する。高度は通常3000m、山岳部や東京都上空などの規制のあるエリアでは5000mで飛行。与圧システムのない機体なので、3000mを超える高度では酸素マスクや防寒具などを着用することになる。

国土地理院の航空重力測量に用いられる、共立航空撮影が保有するセスナ208型機
機体を側面から見た様子
登録記号「JA889K」の機体を使用
撮影業務では下部の開口部を利用するが、重力測量では閉じて運航する
機内前方。手前にあるのが航空重力計
機内後方
航空重力計
未使用時に内部の“ばね”は固定されており、使用時に解除して使用する
重力計はジンバルに乗せられた格好となっておりセンサーも利用して可能な限り水平を保持する
計測を行なう機器や、データを記録するストレージ、無停電電源装置などを搭載したラック
重力計と連携したソフト。データの取得はもちろん、先述したばねの固定解除などもこちらから行なえる
計測を試行した様子(地上に駐機した状態)
こちらは地上での相対重力測定に用いられる重力計
航空重力測量の様子(機内前方から、映像提供:国土地理院)
航空重力測量の様子(機内後方から、映像提供:国土地理院)

「次の新しい社会を支える目に見えないインフラ。日本の測量史に新たな1ページ」

調布飛行場に隣接する共立航空撮影の格納庫で行なわれた出発式

 この航空重力測量初日を予定していた7月22日は、調布飛行場周辺の天候に恵まれず、有視界飛行で必要とされる視程が得られないことから飛行中止となったが、飛行場に隣接する共立航空撮影の格納庫で出発式が執り行なわれた。

国土交通省 国土地理院 測地部長 大木章一氏

 出発式であいさつした国土交通省 国土地理院 測地部長の大木章一氏は、「今年(2019年)は日本で近代測量がはじまって150年の節目の年」と切り出し、重力についての歴史や、日本の重力測量の歴史について紹介。

 そのうえで日本の重力測量について、「日本を縦に貫く急峻な脊梁山脈が存在する。山岳部の重力測量は困難を極め、限られた重力データしかない地域が今でも広がっている。また島国である日本沿岸海部の重力測量の量と質に限界があり、地上での重力データの収集には大きな問題を抱えている」との課題を明示し、「これを補う重力衛星の軌道は非常に高いので分解能は地上に比べて十分なものではない。近年、地上と宇宙からの測量の欠点を補う航空重力測量がやっと実用の域に達してきた。日本上空を海から山岳まで10km間隔という細かい間隔でくまなく飛行することで、地上重力測定の測定不能を範囲をカバーし、人工衛星よりもはるかに低い飛行ルートで高い地上分解能を手に入れることが可能になった」と、日本における航空重力測量のメリットを語った。

 航空重力測量の実施開始ついては「これまで重力測量は地面で行なっていたが、今日からは空を飛びながら測量するという節目にあたる」とし、「世界中で測位衛星を高度に活用する“高精度測位社会の実現”を目指している、ドローンや自動運転を支える3次元で高精度な測位を行なえる環境を整えなければならない。重力データは次の新しい社会を支える目に見えないインフラとなる」とその将来性についてコメント。

 そして測量を担うスタッフに対し、「残念ながら、目に見えないので、その成果はほとんど知られることはないかもしれない。2019年は近代測量150周年だが、50年後に編纂されるであろう200年史に、本日開始される航空重力測量が記載されることは間違いないと断言できる。日本の測量の歴史に新しい1ページが加わる。誇りを持って、胸を張って取り組んでいただきたい」と激励した。

東京都 港湾局 調布飛行場管理事務所 所長 関考一氏

 続いて、拠点となる調布飛行場関係者を代表し、東京都 港湾局 調布飛行場管理事務所 所長の関考一氏がマイクを持ち、「伊豆四島への定期便で知られるが、航空測量や航空撮影の地域の拠点としての大きな役割を担っている」と、まずは調布飛行場の役割を紹介。

 続いて、航空重力測量について「共立航空撮影の機体を利用して、4年間にわたる長い期間で取り組みをされると聞いている。高い高度で、地域も遠いところに行かれるとのことで、体調に気を付けながら円滑に進むことを祈念している」との言葉を送るとともに、「調布飛行場は住宅地に囲まれた飛行場。地域の方々に配慮した運用になっているが、国土地理院や共立航空撮影と連携しながら安全な飛行に努めてまいりたい」と述べた。

共立航空撮影株式会社 代表取締役社長 平武俊氏

 最後に、運航を担う共立航空撮影 代表取締役社長の平武俊氏があいさつ。「我が国で初めてとなり、かつ、日本の測量史に名を残すような本事業に携われたこと、出発式を当社で執り行なえることは大変光栄」と喜びを示したうえで、「本事業は4年間にわたって、日本全国を、高高度作業となる高度3000~5000mで計測飛行を行なう。これは決して生やさしい仕事ではない」とコメント。

 そして、「47年間にわたって航空測量専業会社としてやってきているが、全社を挙げて本事業に取り組みたいと思っており、とりわけ安全運航には細心の注意を払って作業を進めたい」と、同事業に尽力していく姿勢を示した。

航空重力測定に従事する国土地理院のスタッフと、初運航で乗務予定だった共立航空撮影の足助機長。国土地理院は総計8名が従事する予定。1度のフライトは原則として機長と測量スタッフ1名の2名で実施するという