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ANAが導入した日本初のグランドハンドリング用シミュレータを見学

“濃い”練習が可能な羽田空港専用の訓練メニュー

2017年10月4日 公開

ANAが日本で初めてのグランドハンドリングシミュレータを導入

 ANA(全日本空輸)グループのANAエアポートサービスは、羽田空港国内線第2ターミナルでの安全、安心、そして作業性を向上させるため、日本で初めて、駐機場での機材運用を訓練するためのグランドハンドリングシミュレータを導入した。シミュレータは2機種あり、一つは乗客の乗り降り時にターミナルと接続する搭乗橋(PBB、パッセンジャー・ボーディング・ブリッジ)シミュレータ。もう一つは駐機場から誘導路へ航空機を押していくトーイング・トラクターの運転操作用シミュレータで、業務稼動させる前のタイミングで機材をメディアに公開した。10月5日からこれらシミュレータのオペレーター育成をスタートする。

 PBBやトーイング・トラクターの運用は旅客機の運航に欠かせないものだが、どちらも専門的な操作技術を要するので、オペレーターになるためには訓練が必要である。これらの訓練は航空機を運用していない時間帯(主に深夜)に本物の機材と航空機を使用していたが、実機を使う場合は関係部署との調整が必要なうえ、深夜帯がメインという時間的な制限もネックであり、さらに実際の機材を使用することのリスクもあった。そこで、それらの問題を解消し効果的かつ効率よく訓練を実施することを目的に、シミュレータの開発をANA、東急テクノシステムの共同で行なった。

 このシミュレータを使うことで時間帯に縛られることなく効率のよい訓練スケジュールを立てられるようになり、さらに実際の航空機や機材では試すことができなかったイレギュラーへの対応訓練も可能になるので、従来より短期間で高い操作スキルを持った人材が育成できるようになるということだ。

 訓練の過程としてはシミュレータで一定の成績を出したあと、実機での訓練に移るとのことだが、PBBの操作では従来21日間、のべ2カ月ほどの期間が必要だったが、シミュレータ導入後は13日間ほどに短縮される見込み。トーイング・トラクターのプッシュバック訓練では準備期間を含めて従来42日間、のべ3カ月ほど掛かっていたのが24日間、のべ1カ月ほどで完了するという。

 また、イレギュラーや事故の対応について従来は座学で学ぶしかなったが、シミュレータの機能であるアクシデントモードを使うことでイレギュラーへの対応訓練が仮想空間で体験でき、さらに繰り返し訓練することが可能になるので万が一に対応する技術を習得しておくこともできるのだ。

 なお、両シミュレータともANAのインストラクターの意見を取り入れて開発しているので、訓練内容を含む性能は非常にレベルの高いものになっているという。ANAグループではこれらのシミュレータを導入することでより、これまで以上に安全・安心で快適なサービスが提供できる人材育成が可能とみている。

PBBシミュレータは2台導入
トーイング・トラクターシミュレータは1台導入されている

 各シミュレータ動作デモも行なわれたのでその模様も紹介する。まずはPBBシミュレータだが、実際の機材と同じ機能と操作性を持った操作盤に加え、CGで作成された風景を見ながら行なう。訓練メニューはスポットに入ってきた旅客機のドアにブリッジを規定時間内に正確に付けることで、イレギュラーへの対応も行なう。訓練者のレベルに合わせて、シミュレータからの音声案内で操作のアシストを行なうこともできる。

 シミュレーションのモデルになっている航空機はボーイング 777-300型機、ブリッジはBukaka製、駐機場は羽田空港の61番スポットである。天候の設定は晴天、雨天が選択可能。時間帯も昼間と夜間が選べる。

ANAランプサービス 業務課のスタッフが実際の機材でデモを行なった。操作盤や操作方法、そして視界に至るまで実機と同じ条件が再現できるだけでなく、実機では見ることができない視点から操作法を確認することも可能
こちらが操作盤。操作盤の内容と操作法は事前の座学で学ぶ
スポットは61番。画面に出る航空機はボーイング 777-300型機のみだが、機体が駐機場に停止する位置は常にピッタリ同じ位置ではないので、停止する位置は4カ所から選ぶことができる
ボーイング 777型機にはL1、L2と2カ所のドアがあるが、実機でも普段は機体前方のL1ドアのみを使うのでデモもL1ドアを使用。初級の訓練画面には色付きの矢印が表示され、緑が最短で機体の側に行ける理想経路を表わし、青はジョイスティックを倒したとき、自分がどちらの方向に向かっているかを示すもの。なので訓練生は青の矢印を緑に矢印に合うように操作する。スクリーン下には機体との角度、キャブ(機体ドアと接続する部分)との高低差などの情報が表示されるのでここも見ながら操作する
PBBと機体との距離が1m以下になるとこれまでの矢印からバー表示に変わる。さらに機体に近づけていくときはドア下にある赤い線とPBBのステップにある赤い線が合うように操作していく。実機でも機体の赤い線とキャブの赤い線が合致しないとドアを開けることができないという。また、初級モードでは感覚をつかみやすくするため、画面左センターにあるような上から見た光景が表示される。操作の結果はパッドに評価点が表示される。PBBは1分半から2分で作業を終えることが工程管理で決まっているとのこと
初級モードには感覚をつかみやすくするため、画面中央にあるような上から見た光景が表示される。
操作が難しくなるのは雨天の夜間だというが、実機のみで訓練していたときは当然のことながら雨の夜にしか該当する訓練ができなかった。しかしシミュレータを使うことでその状況も繰り返し練習できるので、難しい状況に対応するスキルはとくに伸びるはずだ
ANAが導入したグランドハンドリングシミュレータ(搭乗橋/PBB)のデモ

 次にトーイング・トラクターシミュレータのデモ。訓練内容は初級モード、通常モード、上級モード、アクシデントモード、見極め試験モードと5つから選択でき、訓練対象の航空機は3機種。内訳はボーイング 777-300型機(大型)、787-8型機(中型)、737-800型機(小型)だ。訓練できる車両はANAが所有するコマツ製のWT型とTUG Technologies製のGT型の2モデル。シミュレータの運転席はWT型を再現したものだ。

 駐機場は羽田空港の61番スポット、52番スポット、71番スポットが設定されていてプッシュバックする方向も選べる。プッシュバックの方向選択は61番スポットでは5種類、52番スポットでは2種類、71番スポットでは2種類となっている。時間帯は昼と夜が選べて天候は晴れと雨がある。

トーイング・トラクターの操作を訓練するシミュレータ。トーイング・トラクターは頭をターミナルに向けて駐めている飛行機を駐機場から誘導路へ押し出すための車両。これをプッシュバックと呼んでいて、シミュレータ名もプッシュバックシミュレータとなっている
プッシュバックシミュレータの運転席。コマツ製のWT型という車両の運転席を再現している
シートにはコマツの文字が見える。ATでギヤは前進4段、後進1段。プッシュバック中は1速と2速のみ使う。3速と4速はスポット間の移動時などに使用する。WT型は前後両方向きに運転席があるので、運転席を切り替えるときはパネルにある切り替えスイッチを操作する
操作パッドの画面。訓練時は押す機体やトラクターの種類、スポット、機種を向ける方向、訓練モードなどを選ぶ
トーバーというオレンジ色のバーを飛行機の前脚に装着して誘導路まで押していく。発進前にはサイレンを回すこと、クラクションを鳴らすこと、飛行機を向ける方向にトーイング・トラクターのウインカーを点けること、動き出す前に指さししながら安全確認をするという行程が行なわれる。また、押す際には飛行機の移動に合わせて歩きながら周囲の安全を見張る監視員が脇に付くので、監視員の合図を見逃さないことも重要
トーバーには2カ所の関節があるので押しながら狙った方向に機体を向けていくのは難しい。そのなかでオペレーターは向きを変えるだけでなく誘導路のラインに沿ってまっすぐに駐めるようにするという。これは押し戻し後、飛行機が動き出すときパイロットが余計な向き替えの操作しなくてもいいようにするためだ
プッシュバック中の速度は周辺の状況を確認するための監視員の歩行速度とほぼ一緒。周辺に異常や危険があった場合は監視員は手を大きく振ってトーイング・トラクターの操縦者に緊急停止の合図をする
デモでは監視員のからの緊急停止合図をオペレーターが見落としたたときの状況も見せてくれた。緊急停止合図を無視して押していった結果、誘導路を走ってきた機体と衝突してしまった
ボーイング 737-800型機は機体が小さいので押す際の視界も制限される。オペレーターは飛行機の前脚ではなく胴体部の脚が通る位置を見ながら操作するのだが、737-800型機のようなケースだと目標物が見えにくいため、経験がなおさら必要になってくる
トーバーによって飛行機の前脚を操舵していくが、前脚の切れ角には限界がある。それを示すのが機体の車輪カバーに付けられている赤いライン。これは“これ以上切り込むと車輪が破損する”という印だ。そこで切りすぎた場合でも飛行機側に被害が出ないよう、トーバーと車輪をつなぐ関節部には“シャーピン”というピンがあり、切りすぎたときはこれが折れて前脚を操舵する関節がフリーになり機体側の損傷を防ぐ構造になっている。中央の実機写真で指さししているのがシャーピン
雨天の夜だと路面のラインも見えないので操作はさらに困難になる。これを実機で何度も練習することは困難なのでシミュレータの導入は大きなメリットになる
ANAが導入したグランドハンドリングシミュレータ(トーイング・トラクター)のデモ
シミュレータの取材が終わったあと、羽田空港の60番スポットに降りてトーイング・トラクターによるプッシュバックを見学した。機体はボーイング 787-8型機、トーイング・トラクターはコマツ製のWT500E
コマツWT500E。前後向き両方に運転席があるのが見える
機体の前脚とトーイング・トラクターの間にあるのがトーバー。車輪格納庫のハッチには切れ角の限度を示すラインがある。787型機を含む大きめの機体では、機体中央部にある主脚が前脚と連動して切れる機能も持っている。小まわりをよくすることが目的だ
トーイング・トラクターのタイヤを見ると空気圧が少ないように見えるがこれが正常値とのこと。前脚のところにいるスタッフはこの機の出発における地上側の責任者。各工程が正確に行なわれているかのチェックと、次の行程に移る指示を出す
トーイング・トラクターによるプッシュバックの実機デモ
ボーイング 787-8型機がプッシュバックされて誘導路へ戻る。ANAの熟練オペレーターによってまっすぐに戻されるのでそのまままっすぐに誘導路を滑走していく。プッシュバックを終えた車両とスタッフは誘導路に沿って並び、手を振って見送る